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夏を記す瞳に君のかけら  作者: 大西さん
序章:灰色の空の下で
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第50話 朝の約束

2130年の独白


水温15.3度。でも『冷たい』という感覚は、数値では表せない。足がしびれ、でも気持ちいい。矛盾した幸せ。


2130年の水は、全て適温に調整されている。36.5度。体温と同じ。熱くも冷たくもない。ただの液体。


でも、あの夏の川は違った。足を入れた瞬間の衝撃。皮膚が縮み上がり、神経が悲鳴を上げる。でも、次第に慣れて、心地よくなって、もう上がりたくなくなる。


冷たいのに温かい。痛いのに気持ちいい。


矛盾? いいえ、それが生きているということ。


ヒナタの手が、私の手を支えてくれた時の温度差。川の冷たさと、彼の温かさ。その境界線で、私の心臓は壊れそうなほど鼓動した。


朝の約束


1980年8月12日、午前10時。


四日目。


今日も商店街の入り口で待ち合わせ。


でも、ヒナタからの提案があった。


「暑いから、涼しいところに行こう」


涼しいところ。


「川?」


「そう! よく分かったね」


ヒナタが嬉しそうに笑う。


「水着は?」


「いらない。膝くらいまでだから」


「濡れても大丈夫な服で」


私は、昨日買った短パンとTシャツ。


ヒナタも、ラフな格好。


「行こう」


今日は、二人きり。


タケシは、家の手伝いだそうだ。


二人きり。


その事実が、胸をざわつかせる。


商店街を抜けて、住宅街へ。


そして、さらに奥へ。


道が、次第に細くなる。


アスファルトから、砂利道へ。


そして——


土の道。


川への道


「ここから、ちょっと歩く」


ヒナタが振り返る。


「大丈夫?」


「うん」


草が茂る小道を進む。


両側から、草が迫ってくる。


ススキ、エノコログサ、名前の知らない雑草。


肌に触れると、少しちくちくする。


「気をつけて」


ヒナタが、草を手で払いながら進む。


私の道を作ってくれている。


セミの声が、さらに大きくなる。


ここは、セミの王国。


ミンミンゼミ、アブラゼミ、ツクツクボウシ。


そして——


ヒグラシ。


カナカナカナ。


哀愁のある声。


「ヒグラシ、好き」


ヒナタが言う。


「なんか、切ない」


切ない。


確かに、そんな響き。


夏の終わりを告げる声。


でも、まだ8月半ば。


夏は、まだ続く。


草いきれが、むせ返るほど濃い。


青臭い匂い。


生命力の匂い。


光合成の匂い。


汗が、額から流れる。


首筋を伝う。


Tシャツが、背中に張り付く。


「もうすぐ」


ヒナタが励ましてくれる。


下り坂になる。


すると——


音が聞こえてきた。


ザーザー。


水の音。


「川だ」

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