第35話 閉店の現実
食堂を出て、商店街を歩く。
よく見ると——
『閉店セール』
『在庫一掃』
『長い間ありがとうございました』
あちこちに、そんな貼り紙。
「多いね、閉店」
ヒナタが、寂しそうに。
「後継者がいないんだ」
確かに、店主は老人ばかり。
若い人は、ほとんどいない。
「あ、ここも」
本屋の前で、立ち止まる。
『8月末で閉店』
「マジか……」
ヒナタが、ショックを受けている。
「ここ、よく来てたのに」
中を覗く。
本が、山積み。
でも、お客さんは少ない。
「入ってみる?」
「うん」
店内は、薄暗い。
本の匂い。紙とインクの匂い。
「いらっしゃい」
店主が、カウンターから顔を上げる。
「あら、ヒナタ君」
「こんにちは」
「閉店するんですか?」
「そうなのよ」
おばさんが、寂しそうに。
「もう、本も売れないし」
確かに、客は私たちだけ。
「でも、47年やったから」
「47年……」
「いい思い出も、たくさん」
おばさんが、店内を見回す。
愛おしそうに。
「この子の親御さんも、ここで本買ってくれた」
ヒナタを指して。
「小さい頃から、来てくれて」
「絵本、よく買ってもらった」
ヒナタが、懐かしそうに。
「『ぐりとぐら』とか」
「覚えてるわ」
二人の間に、思い出が流れる。
私には、ない思い出。
でも、温かさは伝わってくる。
本を、何冊か見る。
手に取る。
紙の感触。ページをめくる音。
これも、いつか失われる。
データになって、物質としての本は——
「これ、ください」
詩集を、一冊選ぶ。
『青い鳥』
なぜか、惹かれた。
「ありがとう」
おばさんが、包んでくれる。
丁寧に、紙で。
「大事にしてね」
「はい」
店を出る。
「なくなっちゃうんだ」
ヒナタが、振り返る。
「子供の頃から、あった店が」
寂しそうな、背中。




