第33話 屋上への逃避
「屋上、行く?」
ヒナタが提案する。
「風が気持ちいいから」
屋上。
データにない場所。
「うん」
階段を、さらに上る。
最上階。
重い扉を開ける。
風が——
一気に吹き込む。
熱い風。でも、教室より涼しい。
髪が、激しく乱れる。
麦わら帽子を、押さえる。
「すごい……」
屋上から見る景色。
360度、見渡せる。
町が、全部見える。
商店街のアーケード。
住宅街の屋根の連なり。
田んぼの緑。
遠くの山々。
そして——
空。
どこまでも続く、青い空。
いや、今は少し緑がかって見えるけど。
でも、広い。
圧倒的に、広い。
「ここ、好きなんだ」
ヒナタが、フェンスにもたれる。
「誰も来ないし」
私も、隣に立つ。
風が、気持ちいい。
汗が、乾いていく。
「カナミちゃんの学校は?」
「……ない」
「ない?」
「私立だから、もう卒業して」
嘘を重ねる。
「へー、頭いいんだ」
「そんなことない」
本当は、学校に行ったことがない。
施設での訓練だけ。
仲間と笑い合う、青春なんてない。
「でも、なんか大人っぽい」
ヒナタが言う。
「俺より、ずっとしっかりしてる」
「そんなことない」
本当に、そんなことない。
今も、手が震えているし、心臓がドキドキしている。
全然、しっかりしてない。
「あ、見て」
ヒナタが、どこかを指す。
「あそこ、新しい道路ができる」
見ると、測量の杭が打たれている。
赤い杭が、点々と。
「来年には、工事が始まる」
「嫌?」
「うーん、便利になるのはいいけど」
ヒナタが、遠くを見る。
「田んぼが潰れるんだ。うちの田んぼも」
「え?」
「うち、農家もやってるから」
知らなかった。
「じいちゃんが、寂しそうでさ」
ヒナタの横顔。
少し、悲しそう。
「でも、時代だから」
諦めたような、微笑み。
「10年後には、ここも全部変わるんだろうな」
10年後。
1990年。
確かに、変わる。
もっと変わる。
そして、150年後には——
「でも、今はまだある」
ヒナタが、明るく言う。
「だから、今を楽しまないと」
今を、楽しむ。
そんな発想、なかった。
未来のために、今を犠牲にする。
それが、2130年の常識。
でも、ヒナタは違う。
今を、大切にしている。




