第19話 帽子屋での出会い
「あ、帽子屋」
小さな店。
古い木造。
『タナカ帽子店』
手書きの看板。
味がある。
ガラスのドアを開ける。
カラン。
ベルが鳴る。
真鍮のベル。
澄んだ音。
「いらっしゃい」
奥から、おじいさんが出てくる。
腰が曲がっている。
でも、目は優しい。
職人の目。
「おや、ヒナタ君」
「こんにちは、田中のおじいちゃん」
親しげな、挨拶。
「今日は、どうした?」
「友達が、帽子を」
友達。
その言葉に、胸が温かくなる。
初めて、友達と呼ばれた。
データ上の関係じゃない。
人間としての、関係。
「お嬢さん、どんなのがいい?」
おじいさんが、私を見る。
値踏みじゃない。
似合うものを、探す目。
棚に、たくさんの帽子。
麦わら帽子、キャップ、ハット、ベレー。
どれも、少しずつ違う。
手作り?
「みんな、私が作ったんだよ」
おじいさんが、誇らしげに。
「60年、帽子を作ってる」
60年。
人生の、大部分。
一つのことに、捧げた時間。
「これなんか、どう?」
ヒナタが、麦わら帽子を取る。
つばが広い。
リボンがついている。水色の。
編み目が、きれい。
一つ一つ、丁寧に編まれている。
「被ってみて」
被る。
少し、大きい。
でも、軽い。
風通しがいい。
涼しい。
「似合う!」
ヒナタが、言う。
目が、輝いている。
本心から、言っている。
鏡を見る。
そこには——
知らない自分がいる。
麦わら帽子の下の、17歳の女の子。
2130年のエージェントじゃない。
1980年の、普通の女の子。
頬が、日焼けで少し赤い。
汗が、額に光っている。
でも、笑っている。
自然に、笑っている。
「可愛い」
ヒナタが、また言う。
「夏っぽい」
夏っぽい。
季節に合う、ということ。
2130年では、季節は関係ない。
always 22度。
「これにします」
「500円だよ」
お金。
支給されている。当時の紙幣。
財布から、取り出す。
岩倉具視の500円札。
少し、しわがある。
使い込まれた、お金。
誰かの手から、誰かの手へ。
渡り歩いた、お金。
「ありがとうございます」
おじいさんが、お金を受け取る。
丁寧に、お釣りをくれる。
「大事に使ってね」
「はい」
心から、頷く。
この帽子は、特別。
初めて、自分で選んだもの。
初めて、似合うと言われたもの。
店を出る。
麦わら帽子が、風で少し揺れる。
リボンが、ひらひら。
「よく似合ってる」
ヒナタが、また笑う。
「ありがとう」
「敬語、やめない?」
「え?」
「だって、タメでしょ?」
タメ。
そうだった。
対等な、関係。
「う、うん」
「そうそう、その方がいい」
歩き続ける。
商店街を、さらに奥へ。
人が、少し減る。
静かになる。
古い店が、多くなる。
創業〇〇年の、看板。
歴史が、ある。
伝統が、ある。
「この辺は、昔からの店ばかり」
ヒナタが、説明する。
「でも、後継者がいなくて」
寂しそうな、声。
確かに、閉まっている店もある。
シャッターに、「閉店しました」の紙。
錆びた看板。
割れたガラス。
時間が、止まっている。
でも——
「まだ、生きてる店もある」
ヒナタが、明るく言う。
「ほら、あそこ」
指差す先に——
『マルフク』
駄菓子屋。




