第18話 商店街の喧騒
一歩、足を踏み入れる。
圧倒される。
人、人、人。
みんな、違う速度で歩いている。
急ぐ人。のんびりの人。立ち止まる人。
話しながら歩く人。一人で歩く人。
手をつないで歩くカップル。
ベビーカーを押すお母さん。
杖をついたお年寄り。
走る子供。
非効率。
でも、生きている。
それぞれが、自分のペースで。
匂い。
八百屋から、野菜の匂い。
土がついたまま。
キャベツ、人参、大根、トマト。
それぞれの、匂い。
魚屋から、潮の匂い。
氷の上に、魚が並ぶ。
アジ、サバ、イカ、タコ。
目が、まだ澄んでいる。
新鮮な、証拠。
肉屋から、コロッケを揚げる匂い。
ジュージュー。
油の匂い。肉の匂い。パン粉の匂い。
混ざり合って、食欲をそそる。
パン屋から、焼きたての匂い。
小麦粉とバターと、イーストの匂い。
温かくて、優しい匂い。
花屋から、花の匂い。
ひまわり、朝顔、百合。
それぞれが、主張している。
音。
「いらっしゃい! 安いよ!」
八百屋のおじさん。声が大きい。
「キュウリ三本100円!」
「今朝とれたて!」
「奥さん、どう?」
魚屋のおじさん。
「アジ、脂のってるよ!」
「刺身にする? 焼く?」
包丁を研ぐ音。シャッシャッ。
「コロッケ揚げたてだよ!」
肉屋のおばさん。
「熱いから気をつけて!」
紙に包む音。カサカサ。
呼び込みの声が、重なり合う。
競うように。でも、敵対的じゃない。
活気。
自転車のベル。チリンチリン。
「すいませーん、通りまーす」
配達の自転車。
荷台に、たくさんの荷物。
器用に、人を避けていく。
下駄の音。カランコロン。
浴衣の女性。
涼しげ。優雅。
でも、汗もかいている。
人間らしい。
子供の泣き声。
「アイス買ってー!」
「さっき食べたでしょ」
「もっと食べたい!」
駄々をこねる。
母親が、困った顔。
でも、愛情も見える。
生活の音。
「すごい……」
思わず、呟く。
立ち止まって、見回す。
「ん? 何が?」
ヒナタも、立ち止まる。
「みんな、違います」
「そりゃそうでしょ」
ヒナタが、不思議そう。
当たり前のことを、言われたような顔。
でも、2130年では——
みんな、同じ。
同じ服、同じ歩き方、同じ表情。
同じ速度、同じリズム。
個性は、非効率。
ここは、違う。
おじさんが、汗だくでリヤカーを引く。
重そう。でも、鼻歌を歌っている。
おばさんが、日傘をさして歩く。
優雅に。でも、買い物袋は重そう。
子供が、アイスを舐めながら走る。
溶けて、手がべたべた。
でも、幸せそう。
若い女性が、友達と笑い合う。
大きな声で。遠慮なく。
カップルが、手をつないで歩く。
恥ずかしそうに。でも、離さない。
みんな、自分の人生を生きている。
自分の速度で。
自分の方法で。
「カナミちゃん?」
ヒナタが、心配そうに見ている。
「大丈夫?」
「はい……ただ、感動して」
「商店街で?」
「生きてるから」
「……変なの」
でも、ヒナタは笑っている。
否定じゃない。
興味深そうな、笑み。
「でも、なんか分かる」
「分かりますか?」
「うん。当たり前すぎて、気づかないけど」
商店街を、見回す。
「確かに、みんな生きてるね」




