第15話 感覚の爆発
【感覚の爆発】
熱い。
これが、最初の感覚。
全身が、燃えているよう。
気温32度。湿度78%。
でも、数値じゃない。肌にまとわりつく、ねっとりとした熱気。
水飴の中にいるような、重い空気。
息ができない。
いや、できる。でも、苦しい。
空気が重い。肺に流れ込むのに、抵抗がある。
鼻腔が、ヒリヒリする。
匂い。
土の匂い。湿った、重い匂い。何億もの微生物が発する、生命の匂い。
ミミズ、ダンゴムシ、名前も知らない虫たち。
草いきれ。青臭くて、むせ返る。葉緑素が、太陽光で分解される匂い。
刈り取られた草の、甘い腐敗臭。
遠くから、排気ガス。不完全燃焼の、化学物質の匂い。
ガソリン、オイル、タイヤのゴム。
そして——
音。
蝉だ。
ミンミンゼミの、金属的な声。ミーンミンミンミンミンミー。
高周波が、鼓膜を突き刺す。
アブラゼミの、油が跳ねるような声。ジージリジリジリジリ。
低周波が、腹に響く。
ツクツクボウシの、リズミカルな声。ツクツクボーシ、ツクツクボーシ。
まるで、誰かが名前を呼んでいるような。
ニイニイゼミの、控えめな声。ニーニー。
重なり合い、共鳴し、空気を震わせる。
音の壁。音の津波。
鼓膜が、悲鳴を上げる。
でも、止められない。耳を塞ぐ手すら、まだ思うように動かない。
風の音。
葉が擦れる。サワサワ、カサカサ。不規則で、予測不能。
竹が軋む。ギィギィ。
遠くで、車のエンジン音。ブルルル。
古いエンジン。不完全な燃焼。黒い煙を吐きながら。
犬の吠え声。ワンワン。
鎖の音。ジャラジャラ。
子供の声。「待てよー!」「つかまえてみろー!」
無邪気な叫び。規制されない、自由な声。
生きている。
全てが、生きている。
膝が、崩れる。
重力を、初めて実感する。
地球が、私を引っ張っている。
地面。
アスファルト。焼けている。50度近い。
手をつく。
ジリッ。
皮膚が、悲鳴を上げる。
水ぶくれができそうな、熱さ。
でも、これも感覚。
生きている証拠。
小石が、手のひらに食い込む。痛い。
尖った石。丸い石。ざらざらの石。
それぞれ違う。それぞれ個性がある。
汗。
全身から、水が噴き出す。
初めての発汗。
毛穴という毛穴から、水が溢れる。
べたつく。気持ち悪い。
服が、肌に張り付く。
転送用のスーツ。薄い素材。すぐに汗でびしょびしょ。
でも、身体が冷えようとしている。
体温調節。原始的だけど、効果的。
生きている証拠。
汗が、目に入る。
しょっぱい。
塩分。ミネラル。身体から失われていく。
涙? いや、汗。
でも、涙も混じっているかもしれない。
あまりにも、全てが、圧倒的で。




