第13話 転送開始
【2130年の独白】
転送の瞬間、身体が分解される。でも1980年で再構築された私は、本当に同じ私だったのか。
原子レベルでバラバラになり、150年前に再配列される。その過程で、何か大切なものを失ったのか、それとも得たのか。
今でも思う。あの夏の私は、別の誰かだったのかもしれない、と。
少なくとも、17歳の少女ではなかった。初めて生まれた、赤ん坊のようだった。全てが新しく、全てが眩しくて、全てが痛いほど美しかった。
そして、彼に出会った。
ヒナタ。太陽のような名前の少年。
彼の「タメだね」という言葉が、私の世界を根底から変えた。
【転送開始】
「転送開始」
最後に見たのは、リョウの不安そうな顔。ガラス越しに、唇が動く。『生きて帰れ』
そして——
光。
圧倒的な白い光が、私を包む。
最初は、温かい。母の腕の中のような。羊水に浮かんでいるような、安心感。
でも、次の瞬間——
引き裂かれる。
「あっ——」
声を出そうとするが、もう喉がない。声帯が、すでに分解を始めている。
身体の輪郭が溶ける。皮膚が、筋肉が、骨が、次々と分解されていく。
痛みはない。痛みを感じる神経が、もうないから。
でも、意識はある。
これが、一番恐ろしい。
私という存在が、無数の粒子になっていく。でも「私」という意識は、その全てに宿っている。
バラバラなのに、一つ。
一つなのに、無限。
時間の感覚が歪む。
一秒が永遠に引き延ばされ、同時に、永遠が一瞬に圧縮される。
過去と未来が、混在する。
量子の海。
私は、波になる。粒子であり、波動であり、可能性の雲。
シュレーディンガーの猫。生きていて、同時に死んでいる。存在して、同時に存在しない。
記憶が、時系列を失って浮遊する。
5歳の朝。母の指差す青。「見て、カナミ。あれが青よ」
16歳の手術。機械の瞳。医師の震える手。
まだ見ぬ誰かの笑顔。茶色い瞳。優しい声。
知らない声が聞こえる。
「大丈夫?」
誰? まだ会ってない。でも、懐かしい。心臓が——もう心臓はないのに——ドキドキする。
時間を遡っているのか、それとも——
未来の記憶が、過去に流れ込んでいるのか。
突然、引力。
強烈な力が、私を引っ張る。
時空の渦に、吸い込まれる。
1980年8月10日、午前10時23分47秒。
座標が確定する。
空間が、私を受け入れる準備をする。
再構築が始まる。




