第12話 手術後の適応(16歳〜17歳)
【手術後の適応(16歳〜17歳)】
手術から一週間。
全てが青みがかって見える。
白い壁も、薄い青。
人の肌も、青い血管が透けて見える。
これが、副作用。
夜、夢を見る。
スキャンが止まらない夢。
全てをデータ化し続ける。母の顔も、父の声も。
でも、データは冷たい。温もりがない。
朝、鏡を見る。
自分の顔が、他人に見える。
青灰色の瞳。機械の瞳。
でも、泣くことはできる。
涙は、まだ人間の証。
訓練が始まる。
対象を0.1秒でスキャン。
最初は、静物から。
リンゴ。本。椅子。
簡単だ。感情が動かない。
次に、風景。
これも大丈夫。データとして処理できる。
でも、人物になると——
エラーが出る。
笑顔を見ると、スキャンが乱れる。
涙を見ると、フリーズする。
「制御しなさい」
教官が叱責する。
でも、できない。
人間を、ただのデータにできない。
リョウが言う。
「それでいい。人間性を失ったら、何のための記録か」
一年が過ぎる。
明日、初任務。
1980年の夏へ。
【初任務前夜(17歳)】
最後の夜。
部屋で、青いコレクションを見つめる。
明日、本物の青が見られる。
でも、恐怖もある。
ユキ先輩のようになったら?
帰ってこれなくなったら?
母の布を握る。
温もりを感じる。いや、気がするだけ。
でも、それでいい。
リョウが来る。
「最後の確認」
「大丈夫」
「本当に?」
「……分からない」
正直に答える。
リョウが微笑む。
「それが正常だ」
ユキの絵の切れ端を見る。
「彼女は、後悔してるかな?」
「分からない。でも、彼女は生きてる」
「隔離病棟で?」
「そう。でも、絵を描いている。青い空を」
それも、生き方なのかもしれない。
「カナミ、向こうで何を見ても、君は君だ」
「変わるかもしれない」
「変わってもいい。でも、帰ってきて」
「約束はできない」
「じゃあ、願いにする」
リョウが立ち去る。
一人になる。
青いコレクションを、一つずつマットレスの裏に戻す。
最後に、母の布。
キスをする。
母の味がする。いや、しない。
でも、愛情を感じる。
これが、私の錨。
【転送直前】
転送室。
最後のチェック。
「感情指数、1.2。やや高いですが、許容範囲内」
ミレイ課長が見ている。
「カナミ、君は優秀だ。でも、若い」
「大丈夫です」
「私も、17歳で任務に出た」
意外な告白。
「1970年代。美しかった。そして、危険だった」
「何が危険だったんですか?」
「美しすぎることが」
課長の目に、一瞬、遠い光。
「行きなさい。そして、必ず帰りなさい」
転送ポッドに入る。
「転送まで60秒」
深呼吸。
母の顔を思い出す。
『青を、忘れないで』
父の声を思い出す。
『自由な世界を』
「30秒」
リョウが、ガラス越しに見える。
唇が動く。
『生きて帰れ』
「10秒」
目を閉じる。
これから、本物の青に会える。
怖い。でも、嬉しい。
「5、4、3、2、1——」
光に包まれる。
分解される。
そして——
1980年の、青い空の下へ。
全てが、始まる。




