第101話 青のコレクション
夕方、自室に戻った。
27歳の私の部屋は、もはや美術館のようだ。
壁一面に、青いものが飾られている。
最初のコレクション——万年筆のインク瓶の破片、母の服の切れ端、ガラスビーズ。
1980年の思い出——駄菓子屋の風鈴、ヒナタの学ランのボタン、祭りの写真。
そして、この10年で集めたもの——
子供たちが描いた空の絵。どれも違う青。ある子は紺色に、ある子は水色に、ある子は虹色に描いた。
「お姉さん、これあげる」
今日、あの少女がくれた絵を、新しく飾る。
クレヨンで描かれた、虹色の空。そして、その下に立つ二人の人影。
「これ、誰?」
「お姉さんと、私」
少女は恥ずかしそうに笑った。
「お姉さんが教えてくれたから、空が怖くなくなった」
青は、増えていく。広がっていく。
この街に、この世界に。
■雨の始まり
窓の外が、急に暗くなった。
雲が広がっている。本物の雨雲。
「雨が来るよ」
隣で、穏やかな声がした。ソウマ——第7セクターの技術主任。29歳。3年前から一緒に窓プロジェクトを進めてきた同志。
「10年ぶりの本物の雨ですね」
彼は静かに微笑む。最近、彼の微笑みを見ると、なぜか胸が温かくなる。
ポツリ。
窓に、水滴がついた。
「行きましょうか」
ソウマが手を差し出す。
「濡れますよ?」
「たまにはいいでしょう」
手を取って、外に出る。彼の手は、温かい。37.2度なんて数値じゃない、もっと複雑で優しい温度——
あれ? これって、あの時の——
雨が本格的に降り始めた。
多くの人が、建物から出てきている。
「雨って、こんなに冷たかったんだ」
「濡れるって、不快じゃない」
「なんか、生きてる感じがする」
みんな、子供のように雨を浴びている。
「カナミさん」
「はい?」
「実は、ずっと聞きたかったんです。あなたが時々口ずさむ、あのメロディー」
ハーモニカの曲。
「古い曲です。大切な人が教えてくれた」
「そうですか」
ソウマは、それ以上聞かない。でも、理解してくれている。
私には、永遠に17歳の夏がある。
でも、27歳の私にも、新しい季節が始まろうとしている。
ヒナタ君、これでいいよね?
あなたも、ユイちゃんと新しい人生を歩んだように。
雨の中で、ソウマが言った。
「明日、晴れるといいですね」
その言葉に、一瞬、時が止まった。
1980年の夕立。軒下でヒナタと交わした言葉。
でも、すぐに微笑んで答える。
「晴れますよ、きっと」
過去と現在が、優しく重なり合う。
これが、私の新しい空。




