第100話 開放の朝
■10年後のカナミの独白:
「27歳。ヒナタと同じ年齢差だ。彼は今、どんな空を見ているだろう」
■開放の朝
2141年8月17日。
あの夏から、ちょうど10年。
今日は、歴史的な日になる。電子ドーム第7セクターの完全開放。もはや「窓」ではない。直径100メートルの「空」が、この街に戻ってくる。
私は管理センターの最上階に立っていた。27歳。もう「少女」ではない。でも、胸の奥では17歳の私が、ドキドキしている。
「準備完了です、カナミ局長」
若い技術者が報告する。私は今、環境制御保護膜管理局の最年少局長。でも、肩書きなんてどうでもいい。
大切なのは、今日、子供たちが初めて本物の空を見ること。
「始めましょう」
■空の帰還
午前10時。
ドームが、ゆっくりと開いていく。
機械音が響く中、光が差し込んでくる。本物の太陽光。
そして——
青。
深く、広く、無限の青。
集まった市民たちから、どよめきが起こる。
「これが……空?」
最前列にいた少女が、震え声で呟いた。7歳くらい。私がかつて感情抑制訓練を受け始めた年齢。
「そうよ」
しゃがんで、少女と目線を合わせる。
「きれい……でも、怖い」
「どうして?」
「大きすぎる。どこまで続いてるの?」
私は微笑んだ。10年前、別の少女も同じことを言った。
「宇宙まで続いているの。でも、怖がらなくていい。空は優しいから」
少女が恐る恐る手を伸ばす。まるで、空に触れられるかのように。
「あったかい」
太陽の光が、小さな手を包む。
「お姉さん、空って何色?」
予想していた質問だった。
「それは、あなたが感じる色よ」
「私が感じる色?」
「そう。ある人には青く見える。ある人には水色。朝は薄紫で、夕方はオレンジ。あなたには、どんな色に見える?」
少女はじっと空を見上げる。
「……虹色」
「素敵ね」
子供の感性は、大人が失ったものを持っている。
シーン3:57歳のヒナタ
ポケットの端末が震えた。
リョウ先輩——今は時間管理局の局長——からのメッセージ。
『これ、見つけた』
添付されていたのは、今年の地方紙の記事。
『音楽家・陽太氏(57)、野外音楽祭を主催』 『テーマは「空の記憶」』
写真を拡大する。
白髪が増えたけど、あの優しい笑顔は変わらない。隣にはユイさん。二人とも、穏やかに年を重ねている。
そして、周りには大勢の子供たち。
記事を読む。
『陽太氏は、地元で30年以上音楽教室を運営。今では教え子が300人を超える。今回の音楽祭では、全員で「青空の下で」を合唱した』
『「この曲には、特別な思い出があります」と陽太氏。「17歳の夏に出会った人が教えてくれた、空の大切さを歌にしました。その人は、きっと今も空を見上げていると信じています」』
涙が、頬を伝った。
ヒナタ、あなたも覚えていてくれている。
そして、次の世代に伝えてくれている。
音楽という形で、記憶を継承してくれている。
「いい記事ですね」
後ろから、穏やかな声がした。ソウマだ。いつの間にか、私の隣に立っていた。
「ええ、とても」
「大切な人ですか?」
「……はい。17歳の時の」
それ以上は言わない。でも、ソウマは優しく頷いた。詮索しない。ただ、理解してくれる。それが、彼のいいところ。




