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第13話 スタンピードが起こるようです

「ようこそミハエル・エーリッヒくん」


僕は何故彼女が僕の家名を知っているのか分からなかった。

シリウスさんから漏れたのかと考えたが彼はそんな人間に見えない。なにより家名を彼に教えたのは昨日の夕方だ。こんな短時間に情報が流出するはずがなかった。


「ご挨拶が遅れたね」


言ってトゥバン老は小さく頭を下げた。その白髪は雑多に後ろで纏められていて、頭が下がるのと一緒に髪の一房が少し跳ねた。顔を上げ、直した姿勢を真っすぐと伸ばす、その重心移動から体幹に至るまで一切淀みの無い様は生涯現役という言葉がよく似合う。


「私はステラ・トゥバン。このギルドを統括する者だよ」


あなたはギルド長補佐のはずでは?そんな疑問が僕の顔に出ていたのか彼女は優雅に微笑んだ。


「確かに私の肩書はギルド長補佐だが。しかし彼、ギルド長は留守が多い、よって私が変わりにこの椅子に座っているんだ」


この貴族然とした華美な部屋は彼女の身に着ける黒の服装とは印象が真逆で、自己否定が趣味なのかと勘繰っていたが、ギルド長の空間に彼女がいると分かればなるほどとなる。

いや感心してる場合ではない。僕は内心で突っ込んで意識を面倒な会話に引き戻す。

家名については触れたくないが、隠している現状がばれると弱みに付け込まれる気がした。なにより殊更に僕の名前を強調したのはそのことを知っているか、ただの親愛の情か。

僕はこの場の主導権を相手に取らせまいと口を開いた。


「そうでしたか。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はミハエル・エーリッヒと申します。して今回はいかなる御用向きでしょうか。なにか粗相をしましたでしょうか」


返ってきた言葉は意外にも好意的だった。


「いえ。むしろ感謝をしたいくらいね。南部基地の副隊長以下15名の救出、その後、随伴しての強力な魔物の討伐。また先ほどの高難易度依頼の達成、そして新種の報告。どれも勲章もの、とは言わないけれど報奨が出る程よ、あなたが望むのなら」


そうもったいぶったトゥバン老は、僕たちの前に老婆とは思えない身のこなしで滑るように移動した。彼女は僕たちを一瞥して観察する。

ルナは勿論、ミサキもミコトも公的な空間に慣れているようで汗一つ流さない。それが彼女の何かに引っかかったらしい。


「君たち、どこの家の者?」


ミサキもミコトも僕をちらりと見る。この回答は僕でないといけないようだ。

僕がその質問に答えあぐねていると「言っていいんじゃないですか?」とルナ。そんな些細な声でもこんな室内では丸聞こえだ。僕は老婆の次の言葉を待ち構えた、しかし彼女は何も言わずに静観している。


「どうして?」

「大丈夫ですよ。分からないけど大丈夫です」


僕が困惑していると、ルナは「そ、れ、に、何かあったら守ります」とウィンクをした。


僕はどうやら抑圧される環境に慣れてしまったらしい。もうエーリッヒ家でないのに考える事は顔色を窺って逃げる事ばかり。

そんな考えに陥っていた僕はルナのあまりに頼もしい言葉に肩が軽くなった。そうだルナの言う通りだ。何があろうとも僕にはルナもいるし魔法もあるじゃないか。もう僕は自由なんだ。


僕はトゥバン老へ一部始終、全てを話した。勿論ミサキとミコトにも了承を得て。


「委細承知した。もし何かあったら私を頼るといいよ」


全てを話した僕にトゥバン老はそうあっけなく言い放つと「それで」と次の話題に移ろうとする。

質問攻めを想定していた僕は「え?」と声が出てしまった。


「どうした?何か忘れていた事でもあったか?」

「いえ、何も聞かないので」

「そうだね。私は君たちが不穏分子かと思って警戒してたんだ。だがもう問題はない、君たちへの嫌疑は晴れた。脅すような物言いで悪かったね。君たちの事は誰にも吹聴しないし、今まで通りに対応しよう」


僕たちはお礼を言い終わるとトゥバン老からソファーに座るように促された。彼女の表情は心なしか硬い。


「さて、では本題に行こうか。先ほど君たちが報告した新種。魔物の背に顔の大きさの翼が生えた奴だが、同様の報告がここ最近多くてね。実のところスタンピードの前兆なのではと議論を呼んでいる」


スタンピード。彼女がさらりと出した言葉。それは魔物の大群の大暴走を指す。これが起きたら最後、近隣の村や都市を呑み込む災害となって最後の一匹が死ぬまで止まらない。

しかし古今東西においてその原因は未だ解明されていない。唯一共通する点は魔の森などマナ濃度の高い場所で発生する点のみ。

トゥバン老は一呼吸置くと僕とルナに膝を向ける。


「そこでミハエルくん、ルナくん。先ほどの約束を反故にして申し訳ないがウルでのスタンピード対策を教えてくれないか?できれば近年のものがいい。以前から変わった点でも構わない」


トゥバン老の飄々とした態度が消えている事から事態が切迫しているようだ。


「はい。出来る限りお力添えをいたします」

「まず直近のスタンピードはいつ?」

「11年前です」

「その時の対処は?」

「戦争中でしたので軍隊が対応したようです。重装歩兵と騎馬兵が5万ずつ。魔法部隊が総数の千分の一程度です。主に堀を作って」

「場所は?」

「入らずの森、いえこちらの呼び方での魔の森に隣接する領地全てです。特にエーリッヒ家、ここから対角線上にある領地は歴史上最大のスタンピードが起きました」

「君の生家はそれを退けたのか。なるほど叙爵されるに足る功績だな」

「予兆は?何かあったか?」

「詳細な記録がないので分かりません。戦争中でしたから恐らく魔物の調査に割く余裕がなかったのかもしれません」

「もしくは慣れから来る慢心か」

「ええ」


僕とトゥバン老の間に沈黙が流れるとミコトが「あの」と手を上げた。

「スタンピード、かどうか分かりませんが。似た現象を知っています」

「ほう、お聞かせ願いたい」

「僕らの方では狂化と言われる能力があります。ある程度のマナを取り込むと能力が強化されるもので、しかしマナを過剰に取り込むと暴走するのです。それがそのスタンピードの原因と何か関係があるかもしれません」

「なるほど。獣人特有のものか。素体が獣である魔物との相関関係は十分にありそうだな。ありがとうミコト君。参考になったよ」

「それでなんだが」とトゥバン老は前のめりになって質問を矢継ぎ早に繰り出す。

何か意味あっての事かと思ったが、側近の二人が止めに入ったので好奇心が暴走したらしいと分かった。


僕たちはそれから小一時間、トゥバン老とスタンピードについて議論した。

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