第12話 ギルド長補佐に呼び出されました
街には雑踏と言う程ではないが、人波が行き交い人々の表情は明るい。
ククトには、前線に近接する街に似つかわしくない活気にあふれている。
南部基地から北へと放射状に伸びる道は石畳で舗装され、中央を膨らませることで側溝へと排水を促す仕組みを備えている。のみならず馬車の通行を想定した二本の線が主要な道に通っており、道幅も大きく取って整備されている。
道は街を区切る役割もある。建物はそれに沿って行儀よく並んでおり、幾つかの規格に統一された家々が半円状の街並みを作り出している。
僕たちは依頼の完了報告のために街を北へと進む。
「綺麗だよねこの街」
「そうですね。それに私、こんなに大きな街始めてきました」
「そうなんだ、あれでもミサキちゃんって——」
「私、あまり外に出られなかったので」
「…そっか」
沈黙が流れて人のざわめきが大きく聞こえる。
僕は気まずい空気を破るように「この後どこに行きたい?服とか見たいなら目星はついてるけど」とルナに目配せをする。
ルナは「あ、いいですねそれ」と乗ってきてくれた。
「私も服、見たいです」
「確かギルドの北の方にあるから、終わったら見に行こうか」
「はい。お兄さま」
「服も良いんだけどお腹すかない?」とミコトがお腹を押さえて呟く。
「確かにね」
「ミコトくんはそればっかりだね」
「ルナお姉ちゃんこそ、あんな動いてお腹すかないの?」
「まあ鍛えてますから」
「へえ…いや関係ないよねそれ」
ミサキとミコトが故郷を追われてきたと分かったからか、ルナも不器用ながら彼らを励ましているのだろう。実際に僕では気付かない所にルナは気が回る。
そうしている内に僕たちはギルドの前に着いた。
カシュの紋のある両開きの扉を開けて中に入る。
ギルドは巨大な食糧庫を改修して受付兼待機所としており、受付は四角形の待機所をコの字に囲むように設置されている。それぞれの受付が飲食、依頼、換金と業務ごとに分かれてある。
待機所は朝よりも多くの冒険者で溢れていた。まだ昼前だというのに酒を煽る者もいれば真面目に装備の点検をする者、一仕事を終えたか、若しくはこれから仕事へ向かう一団もいる。
一方で街の人間も見える。彼らの目的は食事や依頼の発注のようで、冒険者の武骨な風貌とはかけ離れた小綺麗な衣服に身を包んでいる。しかしそんな異質さに誰も気にかけていない。
僕たちは奥のカウンターへと向かって人込みの真ん中を抜ける。
子供ばかりのパーティーなので奇異の目を向けられるかと思ったがそんなことは無かった。そういえば街でも僕くらいの子が働いていたからこれもこの街の日常なのだろう.
僕は受付に着くと「依頼の完了報告です、お願いします」と僕は依頼番号の掘られた刃の潰れた短剣を受付嬢に差し出した。
これは柄にある触媒がマナを吸収し変色するという仕組みで、魔物の討伐数の確認のためにギルドから支給される。偽装が容易に思えるかもしれないが、通常のマナと魔物の死亡時に発散されるマナは異なるものらしくそれは不可能のようだ。
受付嬢は手元で何かと照会させると「はい、確認しました」とにこやかな笑顔で返ってきた。お姉さんは僕にさっきの短剣を渡すと、手の平を上に向けて、ピンと伸ばした五指で換金の受付を指し示すと「あっちでお金を受け取ってね」と誘導された。僕は忘れずに新種の魔物についても報告をしておいた。
少し待ってから掌一杯のお金が渡される。
「結構儲かりましたね」
「うん、当分は大丈夫そうだ」
「すみません私たちのために」
「ありがとうお兄ちゃん、お姉ちゃん」
「いいよ気にしないで。それにこれは四人で得たお金なんだから」
アルム兄さまから幾らか受け取ったとはいえ四人の旅は金がかかる。僕たちの身分をシリウス家が保証してくれなければ依頼を受けられなかっただろう。
「えーっと君がミハエルくん?」
振り返ると受付のお姉さんだった。
「どうしました?もしかして何か不備が?」
「ううん。そうじゃなくてギルド長補佐が呼んでるから来てもらう事って出来る?」
僕には思い当たる節しかない。エーリッヒ家か他貴族の手の者か、それともミコトたちを狙う刺客か。それとも何かの陰謀か。このギルドに敵が紛れている可能性に、カシュを抜けて北に向かうというこれからの予定が全て瓦解した。背後からナイフを突きつけられた気がして手足と頭から血の気が引く。敵がどこにいるのかと考えてしまえば人の話し声一つ一つが脈拍を早くしてこの場にいる全ての人間から視線の矢を射られているように感じた。
女性が口を開く。僕はこの場においての攻撃の方法を警戒して、その詠唱を待ち受ける。
「さっきの新種についてなんだけど」
その呪文に僕は魔法の正体を掴めずに固まって、そして意味を理解した。呪文ではない、ただの言葉だと。良かった、敵はいないんだ。さっきまでの緊張の反動で、僕は気が抜けてほっと肩を落とした。
僕たちはギルドの本館に通された。報告なら僕だけでいいと伝えたのだが、ギルドの方針だとお姉さんに押し切られた。
ギルドの本館はさっきいた場所のすぐ隣、昨日の夜に使った食堂と同じ建物だった。木組みの頑丈そうな横長の建物の一階が食堂で、厨房横の階段を上がると二階には個部屋が左右に並んでいる。三階に上がると明らかに雰囲気が変わった。
二階までは暗い色の木を柱に白の壁で仕切るという簡素な作りで、到底権力者の館とは思えなかった。
しかし三階に上がった時、それはただの見せかけに過ぎないと理解した。その光景に貴族を知る僕やルナのみならず、異文化とはいえ王女のミコトと側仕えのミサキまでもが言葉を失っていた。
部屋には装飾から色に至るまで統一されたデザインが施され、それは隅々にまで侵食していた。カーテンや絨毯は勿論。シャンデリアを吊るす天井から部屋を囲う壁、バランスやテールなどのカーテンを構成する全て。加えてカーテンの周囲の名前も分からない何かにも金字の装飾がある。それは椅子にもあった。背板や座面、足にもある。何もかも、植物を象った装飾に覆われていた。
まるで王族の邸宅だ。そう僕たちは感心する暇もなく一室の前まで案内された。
ギルド長補佐の肩書にしては華美な扉が開かれると二人の側近に中へと促された。背後で扉が閉まる。途端、張りつめた空気が膨らんだ気がして、吐き出した息が肺に戻される感覚がした。
目の前には椅子に腰かけた老齢の女性。この空気を醸し出す黒檀の主だ。黒檀の机の上で王のように肘をついているからそう呼んだ。なにより金や赤といった華美な部屋を穿つ黒は異様で、先ほどまでの部屋の装飾を無意味と言うように彼女自身も黒の衣装で、側近も黒一色で固めてある。
女性が動く。
椅子を引き、立ち上がり、椅子を戻す。
彼女の間接の音が聞こえるような沈黙の末、しわがれた、けれど未だ血の通った声が空気を揺らす。
「ようこそ子供たち。そしてミハエルくん。いえ、こう呼んだ方がいいかしら」
彼女は貴族の笑みで僕を見てこう言った。
「ミハエル・エーリッヒくん」