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9. キツネ、カラス、小鳥……、そして羊?

 運転席に座ったまま、わたしは深呼吸をして落ち着きを取り戻そうとした。サービスエリアで休憩してからもう二時間くらいはぶっ続けで運転をしているので疲れてもいた。

「ちょうどいいから、ここでひと休みしようや」

 モルトはそう言って車から降りた。ヌイもそれに続いたので、わたしもシートベルトを外して、ドアを開けた。外に出て、んー、と伸びをする。モルトとヌイは車の反対側に立っていた。わたしはルーフ越しにふたりに問いかける。

「引き返すのはいいんだけど、目的地がどのあたり、とか、どこで曲がればいい、とか、わからないの?」

 ヌイとモルトは顔を見合わせた。

「自分が運転していればなんとかなると思うのだが」とヌイ。

「なかなか他人の運転だと判断が難しいんだわ、これが。感覚の問題だから」とモルト。

 わけのわからんこと言うな、とわたしは思う。〈道行〉ってなんなん……。

「そういうものなの? でも免許がないんじゃねぇ。なんとかわたしにわかるようにできないの?」

「そうだなぁ……」

 そう言ってモルトは目を閉じた。少し沈黙したあと、口だけを開く。

「俺たちがさっき来た道を一度だけ曲がって、そのあとはずっと道沿いに進むだけ」

 そこでいったん言葉が切られた。どうやら口頭で説明するつもりらしい。でも一度だけ曲がるったって、その場所(ポイント)がわからなければ意味がない。

「まっすぐ行くと山道になる」

 とりあえずわたしは黙って続きを待つ。最後まで聞いて判断しようと思った。

「登り切ると開けた場所に出る」

 モルトは目を閉じたまま続ける。

「道の隣にレールが並行して走ってる。そのうえを小さな乗り物が動いてる」

 ――レールのうえを走る小さな乗り物?

「そこからさらに道沿いに進んだところにリセがいる」

 そこまでを言うと、モルトは目を開いた。

「そういう道のりだ。かなり具体的だろ?」

 そういって彼は笑った。

「最初にどこで曲がるかが問題でしょ。そこには目印とかないの?」

「さてねぇ。来るときにわからなかったくらいだからなあ……。どうする? 俺に運転させるかい?」

 わたしは口をへの字に曲げた。モルトに運転をさせるのがどうしても嫌というわけではないのだが、法に反したことをさせて後悔したくないという思いもあった。

「ちょっと待って。ノドが渇いたから」

 そう言ってわたしは周囲を見回した。

 この公園は整備されたキャンプ場になっているらしく、いくつものテントが設置してあるのが遠くに見えた。広々としていて気持ちが良い。緑が目に眩しかった。そしてわたしたちのいる駐車場から道を挟んで向かい側に管理棟らしきログハウス風の建物があり、その前に自動販売機があるのが見えた。

「ふたりはなにか飲む?」

 わたしは訊いた。

「俺は大丈夫」「オレもだ」そう返事がくる。

 わたしはひとりでその管理棟に向かった。

 販売機でミルクティーを買った。その場でペットボトルを開け、ひとくち飲んだ。冷たくて気持ちいい。

 とりあえず、さっきモルトが口にしたイメージに合致する場所を検索で探してみたらいいかも、と思った。山道を登った先にあるレールを走る小さな乗り物だなんて、そうそうありそうなものではないから。ストレートに受け止めればジェットコースター的なものということだろう、たぶん。わたしはスマホを取り出して検索してみる。北海道でジェットコースターに乗れるところ……。

 いくつかは存在するようだった。わたしはそれぞれについて詳細な情報を確認していった。だが、どうやらこの近くではないように思えた。しかし考えてみればそもそも今自分のいる場所が正確にはわかっていない。そう思ったわたしは、今度はスマホのマップアプリを開いた。

 現在地に移動――そこには『びふかアイランド』と書かれていた。この公園の名前だろう。わたしはマップをどんどんとズームアウトさせた。思っていたよりもずっと北のほうに自分がいることがわかった。そしてやはり北海道に存在するジェットコースターはどれもこの近辺ではなかった。

 手詰まりか――。

 逆にこの近辺でなにかそのイメージに該当するものを探すしかないか……。そう考え、わたしは『びふかアイランド』で検索してみる。『びふか』は『美深町』という地名から来ていることがわかった。そういえば途中の道路標識で『美深』という文字を見た。その地名でさらに検索。結果を順に見ていく。その中に美深町観光協会のホームページがあった。それを開いてみたとき、わたしは小さく「あっ」と声をあげてしまった。

 トップページの写真が、そのまんま、線路の上を走る小さな乗り物を写したものだった。でも、なんなの、これ?――

 そのホームページのなかに情報を探した。そして町内の観光スポットを紹介するページにその答えが記載されているのを発見――『トロッコ王国』。なるほど、モルトの言ってたレールはこれのことか……じゃあ、ここを目指せばいいじゃん!

 わたしはミルクティーをもうひとくち飲んで、それからヌイとモルトの待つ駐車場に引き返した。意気揚々と。

「どうやらモルトに運転してもらう必要はなさそう」

 それを聞いてモルトは笑った。

「ほお。それはそれは」

 わたしは運転席に座った。エンジンをかけ、それからカーナビを操作する。目的地、トロッコ王国、と入力。1時間くらいの距離っぽい。

〈ルート案内を開始します〉とカーナビ音声が告げると、それを待っていたかのようにモルトとヌイが車に乗り込んできた。

「では、出発とまいりましょう」

 わたしは軽やかに宣言した。


 自分ら以外にほとんど車が走っていない道をずっとまっすぐ進んだあと、それが山道に変わった。鬱蒼とした樹々のせいで一帯が薄暗く感じられた。もう夕方かと思ってカーナビの時計を見ると、まだ三時を少しまわったばかりだ。山道といっても道路はきちんと舗装されていて、これまで来た道に比べれば多少はうねうねしているものの、そんなすごいカーブがあったりするわけではなかった。ゆるい坂がずっと続いているだけの感じ。なので運転するのにはなんの問題もなかった。

 だが、そんな道を走っていると、さっきまでのわたしの軽やかな気分はすぐに霧散していった。

 ほんとにこの道で合ってるのだろうか。モルトのイメージにあったのがトロッコであったのは間違いないにしても、それが本当にリセというひとの居場所を示している保証などないのだ。もし違ってたらどうするのか。こんな北海道の山のなかをうろうろと探し回ったりする間に夜になってしまうなんて羽目になるのは避けたい。近くに泊まる場所があるとも思えないし――。

 そんなことを考えながらわたしはハンドルを握っていた。

 そのときだった。

 目の前すぐのところをなにかがよぎった。すばやく道路の上を走って。小動物だろうということだけは見て取れた。ネコよりは大きい。それは視界を横切り、すぐに消えた。

「うおっ」

 とっさのことにわたしはなにもできなかった。少しアクセルを緩めたくらいか。こういうときに急ブレーキとか急ハンドルとかする運動神経がないのはむしろ幸いだったかも。

「今の、なに?」

 モルトは後ろを振り返ってそれの姿を追っていたが、口は開かなかった。そのかわりに後部座席から声がした。

「キツネだな」

 バックミラーで見ると、ヌイは「やれやれ」って顔をしていた。口調にもそれが表れていたけど。なんでだろう、と思う。

「キツネ? わお。さすが北海道ね。こんなとこに出てくるんだ」

 わたしがそう言い終わらないうちにモルトが話し出す。

「悠香さん、今なにか心のなかで疑念を抱いてたでしょ」

「えっ、疑念? ああ、そうだったかも。でもなんで?」

「北海道の山ンなかだからキツネがいるのは珍しくもないけど、この時間にわざわざ車の前を横切っていくなんて変だと思わん? ありゃ、呼応だよ」

「コオウ?」

「悠香さんの抱いている感情が世界に投影された結果、それに反応して動物が出現するわけ。それが呼応」

「そんなことがあるの⁉︎」

「あるんだわ――しかも生き物の種類によって呼応の感情のタイプは異なるわけよ」

「へえ。キツネは――」

「さっきも言ったように疑念、つまり、なにかに対して疑いの念を持つことだね。それと逆に、誰かを騙そうとしていることにも反応する。『する側』と『される側』は往々にして区別されないことが多い」

 ヌイも以前に主体と客体がどうこうって言ってたな、あれはなんの話だったっけ――。

「でも、なんでそんなことが起きるの。人の感情に動物が反応するなんて」

「正確にはそれは一方通行じゃないけどな。『場』の力によるものだよ。〈個別人〉の間でさえ『場の空気読めよ』みたいなことが言われるじゃないか。俺の言ってる『場』はちょい違うレベルの話だけど。悠香さんの抱いている感情は常に悠香さんのいる場に影響を与えていて、その波動に共鳴する生物がなんらかの反応を示すわけ。人間だって楽しければ鼻歌のひとつも口ずさむだろ? それと同じように。だからもちろん逆に場の空気に人間が影響されることもある。たとえば悠香さんが疑念を感じだしたのはこの森に入ってからでは?」

「ああ、そうかもしれないわ、たしかに」

「このことを理解しておけば、目の前に出現した生き物によって『場』がどんな波動を帯びているかを知ることができる。それにより世界の中で今自分がどのようにふるまうべきとされているかまで感じ取れるわけだ。つまり、これを単純化して言えば、君が生き物を目にしたとき、そこには意味がある、ということだ」

 そのとき、道路の脇のガードレールにとまっていたカラスがひと鳴きし、空に飛び立った。

「じゃあ、今のカラスにも意味があるわけ?」

 わたしは尋ねる。

「もちろん」モルトは笑った。「今のは悠香さんの知識がひとつ増えたことに対する世界からの肯定的な反応だよ。カラスってのは『知恵』・『知識』に呼応する」

「へえ」

「鳥は、種類によっても違うけど、概ね『移動』、『行き先』、『旅路』みたいなものを暗示することが多いけどな」

 そのモルトの言葉にわたしは思い当たることがあった。

「あっ、そうか。だからヌイはよく空を見てたり、見晴らしのいい場所に行ったりするのか」

 わたしはバックミラーでヌイの顔つきを見た。特にその表情が変わることはなかったが、

「ほお。よくわかったな」

 と後ろから声がした。それから、

「それだけを見ているわけではないが」

 と続く。

 ヌイの謎の行動に少し近づけた気がした。

「でもさ、どんな生き物がどんな感情に対応するのかがわかってないと、なんにもならないよね」

「そうでもないよ。なにか生き物を見たときの自分自身を深く観察できていれば、おのずと『場』のことも理解できるってものさ。だから、自分の目の前に動物が出現したときは、その『場』、ひいては自分自身に目を向けろ、っていう世界からのメッセージだと思うといい」

「なるほど」

 たしかにそれくらいならばわたしも世界からのメッセージってやつを受け取ることができるかも、って思った。


 道が平坦になり、森からも抜けると、右手が牧場のような開けた場所になった。

「あ、ほら、これだ」

 モルトのその言葉にわたしは左手を見た。

 道に並行して線路が走っていた。見た目には普通の電車の線路と同じである。と、そのレールのうえを走っている四人乗りくらいの小さな乗り物が遠くに見えた。数台が連なって動いている。あれが「トロッコ」なのだな、と思った。わたしのイメージするトロッコとは若干異なるけども。視界のなかをゆっくりと移動しているそれは、どちらかというとレールの上を動くゴルフカートといったほうが正しいのでは、となどと思ったりも。

 しばらく線路と並行するまっすぐな道を進んだ。

 ちょっとした市街地のようなところに到着した。目の前の交差点に信号機があった――その前に信号を見たのは山道に入るずっと手前だった。カーナビはその交差点を左に曲がれと主張していたが別にトロッコ王国に行きたいわけではないので無視し、信号を過ぎて少し先の路肩に停車した。リルートすると言い出したカーナビの目的地設定を解除する。

「えっと……。たしか、このまま道沿いに進むだけだったよね?」

 わたしはモルトに訊いた。

「そう」

 短い答えが返ってくる。わたしは再びハンドルを握った。

 だが、少し進んだところですぐにブレーキをかけることとなった。目の前の道がふたつに分かれていた。まっすぐに進む道と斜め左に向かう道。ただしまっすぐの道は、いくぶん道幅が狭くなっている。斜めの道はこれまで走ってきた道と同じ幅だ。なので、「道沿いに進む」ということであれば左が正解のように思われた。

「どっちだろ……、左かな」

 わたしはそう口にした。

 モルトもヌイもなにも言わなかった。答えを持ってないのか。

「んー」わたしは唸る。

 どうしよ、と思ったときに、前方の細い道のずっと先のほうの路上に一羽の小鳥が降りてくるのが見えた、その鳥は一瞬たたずんだあと、すぐにまた飛び立った。

 わたしは鳥が行き先を暗示するというモルトの話を思い出した。

「まっすぐ、ってこと?」

 モルトもヌイも黙っている。

 ふん、と思ってわたしはアクセルを踏んだ。まっすぐの道に進む。

 そこから先は、道自体は曲がったりしていたものの分岐はなく、迷うことなくわたしは車を進めた。周囲には農場が続いた。それから片側が牧場になる。そこでは羊が何頭か草をはんでいた。

「あっ、ねえ、羊。羊にはどんな意味があるの?」

「ああ――」

 だがモルトがその回答を口にする前に道が終端になった。正確には、その先の路上には木の枝やらなにやらが散乱していて、もう長いこと利用されていないのがあきらかだった。カーナビを見ると、少し先で道路は途切れている。わたしはその手前で車を停めた。

 右手奥に大きな建物があった。二階建ての洋風の家屋。

 そして、その家のほうからひとりの少女がこちらに歩いてくるところだった。小学校高学年くらいのボサボサ髪の女の子。

 その少女に気づいてわたしは車を降りた。その子のほうに数歩、進み出た。

「こんにちは」

 少女のほうが先に口を開いた。少しぶっきらぼうな感じだ。

「こんにちはー。あの、わたしたちはリセさんという方を訪ねてきたの。このあたりに――」

「わたしがリセです」

 わたしが言い終える前に少女はそう答えた。えっ、とわたしは思う。こんな子供なの?――あ、もしかして「リセ」は苗字で、この子はその娘さんだとか。

 そんなことを考えたが、すぐにそれは間違いであることがわかった。

「リセ!」

 車から降りてきたモルトがそう言った。

「モルト! ヌイ!」

 少女はそう言って、ふたりに駆け寄った。

「ひさしぶりだな」とヌイ。

「元気そうでなによりだ」とモルト。

 わたしひとりがその場で唖然としていた。

「待ってたよ。さ、入って」

 そう少女は笑顔で言った。

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