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14. 山手線最南端の駅から天王洲アイル、そして運河――

 わたしたちは浜松町の駅に向かって歩いている。

 これから行くべき進路について、モルトはこう告げた。

「東京の都心を走る環状の鉄道の最南端の駅で降りて、太い道路をひたすら海側に歩く」

 わたしはスマホを取り出しながらつぶやく。

「都心の環状の鉄道ゆうたら山手線だよね……。ワンチャン大江戸線って可能性もあるのかな……」

 それを言ったら、閉じてはいないけど丸の内線だって環状と言えるか――。

「ねえ、モルト。環状って、完全な輪っかのイメージ? 輪に紐がついてたり、輪が閉じてなかったりするのもあり?」

「完全な輪だ」

 モルトは即答した。

「じゃ、山手線で間違いないか。一番、南にあるのは品川だよね」

 JR路線図を思い浮かべながらわたしはそう口にした。スマホの地図で品川駅付近を検索する。海側へと向かう太い道路か……。

「ん、どれのことだろ」

 地図上ではいくつかそれらしき道路があり、ひとつに特定することができない。

「ね、その道って、なにか特徴ないの? 似たような感じの道がいくつもあるんだけど」

 モルトは眉を寄せた。

「む。そんなことはないと思う。駅前からは他に選択肢がないから迷うはずがない――だが特徴といえば、恐竜のイメージが浮かぶな」

「恐竜?」

 なんだよ、それ――。

 駅に着いたわたしたちは山手線に乗り込んだ。車内はそこそこに混雑している。

 わたしはあらためてスマホの地図に向き合う。品川駅前近辺、どう見ても他に選択肢がないようには見えない。

 電車は田町を出て、すぐに次の高輪ゲートウェイ駅に着く。わたしは地図を拡大して道路を見比べていた。だがどれがモルトの言う道なのかわからない。電車は再び動き出す。

 んー、逆に縮尺を小さくしてみたほうが違いがわかりやすいかも……そう思ってわたしはマップを操作する。だが、依然として複数の道が同じように見える。品川駅にまもなく到着のアナウンスが車内に流れる。わたしはヤケになって縮尺をさらに小さくする。

 あれ――?

 そこでようやく、わたしはその事実に気づいた。

「モルト。山手線の最南端の駅って言ったっけ?」

 電車はまさにホームに停止しようとしていた。

 モルトはわたしの問いかけに黙って頷いた。

 慌ててわたしは皆に向けて告げた。

「ああ、降りちゃダメ、降りちゃダメ。ここじゃないわ。最南端は品川じゃない、大崎だわ」

 実際にはわたし以外の三人はまったく降りようとはしていなかったけども。

「ああ、すっかり品川だと思い込んでた」

 そう言ったわたしにヌイはただ肩をすくめてみせた。

 わたしはスマホの画面に戻り、大崎駅近辺の地図を拡大した。たしかに駅前の大通りが海のほうに向かっていたし、道はひとつしかないから間違いようはなかった。

 乗客の大半が品川で降りてガラガラになった電車は、すぐに次の大崎へと到着。わたしたちは降りた。

 駅前にあったのは山手通りだった。

「これをひたすらまっすぐ、ってことね」

 わたしが言うと、モルトは頷いた。「そういうことだ」

 リセが先頭になって歩き始めた。湾岸エリアまで行くとなるとそこそこ距離があるだろう。わたしはバックパックを背負いなおした。

 駅前のひらけた雰囲気のオフィス街はすぐに終わり、マンションや小さなビルが並ぶローカルな感じの街並みに変わった。ふとなにか変わったものが視界に飛び込んできて、わたしはそちらに目を向けた。道の反対側に公園があり、そこには数体の大きな恐竜の像が飾られていた。

「ああ、あれのことだったのね、モルト」

 わたしはそう口にする。モルトはハハと笑い、「そのようだ」と返した。前をゆくリセとヌイは公園のほうを一瞥もしなかった。

 さらに少し行くと幹線道路にぶち当たった。標識には第一京浜とある。その向こうに高架になっている駅舎が見えた。そこから発車していく電車が見える。京急の車両のようだ――うーん、だったら品川で乗り換えてこの駅に来たほうが少しだけ目的地に近かったのではないか、とわたしは思った。モルトはできるだけ単純な行程をイメージするということだろうか、などと信号待ちの間にわたしは考える。もちろん答えは出ない。

 第一京浜を横切り、京急の高架をくぐり、さらに先へと進む。依然として道の両側にはマンションや小さなビルが並ぶが、少し脇にそれれば普通の住宅街という感じの街並。ありふれた都内の光景だ。リセの言ったわたしの夢に出てきたという建物はジーバの本社ビルよりモダンな感じだったようだから、少なくともこのあたりではあるまい。

 黙々と先に進む。

 と、前方遠くに高層ビル群がそびえ立つのが見え隠れしてきた。あのあたりがそうなのだろうか。そして、いつのまにか潮の香りがしていた。というよりか――。

「匂うわね」

 リセが言った。

「東京湾だからな」

 ヌイが応じる。たしかにあまり、というか、かなり、いい匂いではない。

 歩道橋でないと渡れない交差点があって、そこからさらに少し行くと目の前に大きな橋が出現した。運河にかかる橋だった。見ると、沿岸が船着場のようになっている。橋から下をのぞいてみたが運河の深さはわからない。ただ日に照らされてさえ暗い水があるだけだった。

 橋を過ぎると、モダンな雰囲気のオフィス街に変わった。さまざまな形のオフィスビルがあちこちにそびえている。それらのなかに高層マンションもある。そういうところは湾岸エリアっぽい。スマホの地図で確かめると天王洲アイル駅の近くまで来たようだ。

 そのまま先に進んだ。

 大きな交差点に来て、先頭のリセが足を止め、それに応じて皆が立ち止まった。

「この近くね」

 リセが言う。皆は頷いた。

「間違いないの?」わたしは訊く。

「ああ、かすかにソラヨミの気を感じる」とヌイ。

「どうするの?」

 わたしの問いにリセが答える。

「まず、ソラヨミのいる建物を特定して、あとは出てくるのを待ち伏せする」

「なるほど……」

 わたしが夢に見た建物か。自分でそれを覚えていないから、わたしとしては建物の特定に役に立つことができない。

 ヌイはゆっくりと歩き始めた。皆もそれに続く。交差点を左に折れる。まっすぐ進む。と、彼は立ち止まる。あたりをうかがう。リセとモルトも同じようにしている。わたしはそれをただ見ている。リセが前方を指さす。再び皆がゆっくりと歩く。

 そんな感じの行動が延々と繰り返される。

 いつまで続くのか。

 ずっとその端を歩いていた大きな道路を途中で渡った。その先の一帯はなんかの複合商業施設のようになっていた。

「近い」

 リセが呟いた。

 そこからもさらに同じような行動が続いて、あたりをウロウロとする。さすがにわたしは疲れてきた。ここまで歩き詰めである。

 施設に連結した建物のひとつはオフィス棟になっていて、そこの入り口にやってきたとき、ようやくリセは言った。

「ああ、ここだわ。間違いない」

「わたしの夢に出てきた場所?」

「そう」

 わたし自身はその光景にまったく見覚えがなかった。

「ここにソラヨミがいるのか……」

 しかしこの大きさのビルであれば、おそらく何千人ものひとがここで働いているはず。

「悠香さんの夢のなかではその人物は針木(はりき)という名だった。あたしはその名を以前にも聞いているの。だからそれがソラヨミだとわかった」

「針木ね……」

 もちろんわたしは初めて聞く名である。

「じゃあ、あとはどこかで時間をツブしながら、ヤツが動くのを待つとしようや」

 モルトが言った。ああ、ようやく休めそう――。


 リセに起こされた。わたしは複合商業施設内にあるカフェの椅子でウトウトとしていたのだった。スマホで時間を確認すると、もう夜八時すぎ。

「行くの?」

 わたしの問いにリセは頷いた。

「針木はこの近くで食事をしている。そこまでは気でわかった。その気が帰宅しようとするものに変化したから、そろそろ動くはず」

 三人が立ち上がったので、わたしも続く。カフェから出たところは施設の通路だ。同じ並びにはたくさんの店が看板を連ねている。そのほとんどが飲食店である。

「どの店だかわからないの?」わたしは訊く。

「残念ながらな」とモルト。

「打ち合わせどおり、三つに別れて待ち伏せね。悠香さんはあたしと一緒に来て」

 リセがそう言うと、ヌイとモルトはそれぞれ別のほうに歩いて行ってしまった。なんとなくわたしは不安を感じる。

 建物内の吹き抜けになっている場所まで歩いてきた。カフェは一階にあったが、見上げると二階、三階にもさまざまな店舗が入居しているようである。いかにもの商業施設っぽさを感じさせる装飾性の高い階段が目の前にあり、ゆったりとした感じに一階と二階をつないでいる。リセはその場にたたずみ、ただ耳をすましているかのような状態になった。わたしはその後ろで待つしかない。

 そのまま時間が経過する。二分か、三分か――わたしは、ヌイは今どのあたりにいるんだろう、と考えていた。

 突然にリセが「あっちよ」と叫び、階段に向けて走り出した。

 わたしもそれを追うが、階段を駆け上るリセの足の早さについていけない。ああ、日頃の運動不足がこんなときに――。

 二階にあがってみると、すでにリセの後ろ姿は数十メートル先の通路を走っている。わたしも走る。他に人の影はなかった。と、前方の蕎麦屋らしき店からひとりのサラリーマン風の男性がのっそりと出てくるのが見えた。遠目にも風采のあがらなさを感じさせる姿だ。

 走るリセを避けようと男は通路の脇に寄ったが、リセはその前方に立ちふさがった。男は立ち止まった。

「ハリキ!」

 リセが怒鳴った。

 そう呼ばれた男は驚いた表情となる。

「久しぶりね、針木。いえ、あたしのことは覚えてないでしょうけど。トートがあなたにそんな名前を与えたってことは伝え聞いてたよ」

 わたしはリセに追いついて、その隣で立ち止まった。息を切らしてしまいながらも、男の姿を見やる――これがソラヨミなの? ただのだらしない感じの中年男にしか見えない。

「えーと、どちらさまで……?」

 男は困惑の表情でリセとわたしの顔を交互に見た。

 リセはなぜだか黙っている。

「あ、あの……、針木さん……、ですよね?」

「はあ」

 わたしが訊くと男は曖昧に頷いた。

「すいません、ちょっとお話があるんです。とても大事な話が。少しお時間をいただけないでしょうか?」

 切羽詰まった表情になっているに違いないわたしを見て、男は少し気を許したのか、

「はあ、ま、いいですけど……。どういったお話でしょ」

 と返してきた。

「えーと、そこを含めて、お話をさせていただければ、と……」

 リセに視線を送りつつわたしは男にそう言う。どうしてだかリセは何も言わない。ただ腕を少し上げ、下を指さした。別な場所に行こうという意味だろう。

「こんなところで立ち話もなんなので……」

 わたしは男に移動を促した。リセは彼の腕を掴んだ。わたしもその逆の腕の肘あたりに手を添えた。大丈夫そうには思えたが、男にここで逃げられるわけにはいかない。

 リセがリードする形で、特に抵抗なく針木を施設の建物の外に連れ出した。

 いかにもウォーターフロントの複合商業施設にふさわしい、演出された感が満載の光景が目の前に広がった。そこは運河に面した中庭のような場であり、全体がお洒落にライトアップされていた。沿岸はウッドデッキになっていて、その先は真っ暗な水面である。さほど背の高くない柵が岸と運河を隔てるばかりだ。

 リセはその柵のそばまで進んで、ようやく立ち止まった。そこで男の腕を離したので、わたしも同じようにした。

 柵に寄りかかるポーズになってリセはすました顔をしている。なにも言うつもりはないようだ。わたしがなにか喋らないとならないの? このひとはたしか自分がソラヨミであることは忘れてるんだよね、えと、どうすればいいの――?

「で、お話とは?」

 男はわたしに向かって尋ねた。そう訊かれても困るよな……。

「えー、どこから話したものか……」

 そのときだ。

「悠香ぁ! 下がれぇぇぇぇ!」

 離れたところから大声が聞こえてきた。驚きつつ目を向けると、中庭をヌイがこちらに突進してくる姿が見えた。

 なにが起きてるのかわからなかったけど、とにかく言われたとおりにわたしは少しうしろに下がった。

 次の瞬間、スピードを緩めずに突進してきたヌイは無防備状態の針木にラリアットをかます形に激突した。針木の両の腕が宙をつかもうとするかに伸ばされたが、ふたりの体は柵にぶつかり、そのままそれを乗り越えてしまう。その結果、必然的にふたりは運河へと落ちた。

 どっぽん、と音がした。

 意外に水飛沫が飛ばなかった。ふたりの体は真っ黒な水に吸い込まれた。

「えっ?」

 水面にあぶくが浮いてくる。どういうこと――? 説明を求めるようにわたしはリセを見やったが、彼女はただすまし顔で真っ黒な運河を見ているだけだ。

 誰かが近づいてくる気配に振り向くと、モルトがこちらに歩いてきていた。ヌイのバックパックを片方の肩にかけている。タイミング的にモルトもなにが起きていたのかを見ていたはずなのに、彼にもまったく動じている気配がなかった。

 モルトの顔を見ながらわたしが言葉を探していると、彼は、

「心配はいらないよ。ヌイは〈魂引〉だから」

 と言ってニヤリとした。

 それからモルトは、ヌイのバックパックを地面に置いて膝をつき、中をゴソゴソと探って、そこからタオルを取り出した。

「悠香さん、ちょっと、これ、持っててくれる?」

 そう言われてわたしは受け取った。頭には疑問符が浮かんだままだ。

 モルトは柵のところから水面をじっと見た。しばらくすると、少し離れた水面に、ポコっと丸いものが浮かんだ。それから同じようなものがもうひとつ。よく見ると、人の頭のようだった。

 それが動き出した。こちらに向かって。

 見ているうちに岸までたどり着く。モルトは柵から身を乗り出して、両手を差し出した。ふたつの黒い物体はそれぞれにモルトの腕を掴んだ。モルトはえいっとそれを引っ張り上げた。

 ふたつの体が水面から現れた。ヌイと針木だった。

 柵を乗り越えたヌイはわたしに向けて手を出した。タオルを寄越せ、って意味と理解し、わたしはそれを手渡した。タオルは二枚あったので、もう片方を針木に渡した。

 ヌイはまず顔を拭き、それから頭を拭った。針木――いや、ソラヨミと呼ぶべきなのか――から気弱そうな声が聞こえた。

「ヌイよ、あいかわらず手荒じゃのう」

 ヌイの手のタオルがすでに真っ黒になっているのが見えた。

「死にかけない限り目を覚さないアンタが悪い」

 そうヌイは返した。

 そのとき、リセが素っ頓狂な声を上げた。

「ちょっと待って、なにこれ、くっさあ〜。どうすんの、これ」

 わたしも気づいた。今やふたりからはヘドロのような――というか、それ、そのもの?――の匂いが発散していた。思わずわたしも鼻を押さえてしまった。

 ウワッハハハとモルトが笑ったあと、急に吐き気を催している顔つきに変わった。

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