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26/市との契約


薬師ギルドのばばあが持ち込んできたのは北方で毎年流行する熱風邪に対する解熱薬の調薬依頼だった。


前世のインフルエンザのような症状を持ち、高熱のため、場合によっては死にいたるという中々に怖い流行風邪はやりかぜである。


「これはちょっと……こちらに不利益ではありませんか」


話がほとんどついた頃、依頼主である市長に渡された契約書を読んだシーラが眉間に深いしわを刻んで不満そうに答えたのだった。


「──若、何を笑っているのですか」


「いや、そりゃあ笑うだろう──」


仕事の依頼というから眠気に耐え、空腹に耐え、アポもなく大人数で押しかけられても一応は真面目に聞いた結果がこれである。


呆れや怒りを通り越して笑えてくる。


「──悪いがこの条件じゃあ、協力はできないな」


「よろしいのですか?」


「ああ。これじゃあ作れば作るだけ損だからな」


「赤字にはならない料金のはずですよ」


「無理だ。これじゃあ、あまりに安すぎる」


キッパリと告げる。

依頼料金の安さに加えて、解熱薬を売るには市の許可が必要で価格は一律である。

言わば市の専売品なのだ。


いくらで売るかは知らないが、こっちは作るだけ。

こちらの利益はギリギリまで安い手間賃なのだから、わざわざ作るまでもない。


「料金の安さは、市に貢献ということにはできませんか」


「無理を言わないで頂きたい。うちは従業員の給金も犬たちの餌代も、ぼく一人で稼がねばならんのだ。悪いが仕事内容とその対価はぼくが選ぶ」


「無理に、とは言わないがね坊。あんたにゃケアクリームの利益が入るだろう」


「待て。ばばあ、それがこの仕事と関係あるのか? ないだろう?」


ケアクリームの収益は少なくない額がいずれ入るだろう。

だが、あれは三家の事業になっている。


「それに、ぼくに入る利益は微々たるもの。本気でケアクリームの利益が欲しければ、リリーズでもペザンテでも、もちろんガリアにでも横やりを入れてみればいい」


ぼくはそれなりの大貴族家の末っ子だ。成人祝いにこの土地と店を貰ったが、経営に関する援助はない。


「まだオウルで活動したいと思いませんか」


「おかしなことを言うじゃないか──」とぼく。


「──ぼくは国家錬金術師だ。この国がぼくに資格と権利をくれたんだ」


「ええ。でもここはガリアです。国の法のさらに内に領の法があります」


「……法的には問題ないはずだが」


商売に関する法は格領内で違うこともあるはある。

が、国家資格は伊達じゃない。法的には縛られないはずである。


「ええ、問題ないですよ。ただ、もし、市に協力しなければあなた方には何も売らない。あなた方から何も買わないという状況が起きるとしたら」


ぼくはゆったりと椅子に背中をつけた。


「脅し、か」


「忠告ですよ」


なるほど。

そうくるのなら、こっちも遠慮はいらないな。

うちの権力を使いにくくはあるが、使えないわけではないのだ。


「ふん。もし、そうなったら、ぼくはオウルを去るさ。あぁ、そのやり方はあまりお勧めしないでおく。ぼくは援助を受けていないのだが、ここの土地は兄上が。この店は姉上がそれぞれ金を出している。ここを選んだのはその二人だ。ぼくの失敗の責をとろうとするだろう。リリーズは身内には特に甘いらしい。貴族的な争いになると思うぞ。いくらガリアでもリリーズとペザンテ両家を相手にすると少し骨が折れる──程度ですめばいいね」


「脅しですか」


「まさか、親切心からの忠告だな」


「そうですか……では、料金をこのぐらいまでにしてはどうです」


「若、この料金なら許容範囲かと」


改めて提示された金額は安くはあるもののシーラの言う通り許容範囲ギリギリではある。


「たしかに許容範囲ではあるが、随分と簡単に料金が変わるじゃないか」


「まぁ、お金はある所からとるべきですが、解熱薬に関してはガリアから補助金がでますから。それでも経費の削減は市の運営には必須なので、削れるなら削りたいというのが本音でしてね」


市長はニッコリと顔色を変えずに言う。


「まぁ、いい。こちらの条件は二つだ。一つは今、聞いた金額であること。二つ目は万が一、身内うちの誰かが熱病にかかった場合は優先的に解熱薬を使わせてもらうことだ」


こうして話はまとまった。



ばばあと市長が帰った後、ぼくの周りにいるみんながぼくに注目している。

一瞬、席を外したソフィーが軽食を持ってきてくれた。


「もうすぐで夕飯になりますので少しだけですよ」


「ありがとう。実は焼き菓子じゃ足りないところだったんだ」


ぼくは答えて思考を巡らせる。


「どうなさいますか」


「ガリアもオウルも気に入っているんだ。もちろん残るし、解熱薬だってつくるさ」


「……そうですか」


シーラを始め、少し不安そうな全員一人一人の目を順に見てからぼくは告げる。


「──お前たち、そんな顔をするな。当たり前だが、このままじゃすまさないさ。あの市長に頭を下げさせてやる」


事情はあるのだろうが、ちょっと頭にきたからな。

どうせならスマートに勝ってやろう。


「誰か、明日一番に冒険者ギルドへ行って北方で集められる素材リストをまとめてもらってきてくれ。雪が降ってもとれるもの、植生や魔物素材から全部だ」


「では俺が行きましょう」


「些細なことでも構わん。とりあえずは情報がいる。素材と言ったが使い道のないものでもいい。とにかくありったけの情報が欲しい」


「それで、何を創る気なんです?」


ソフィーから不安そうな気配は消え、どこかふわふわとした空気をまとっている。


「わからん。が、あいつらが悔しがるものさ。……いや、少し大人気ないか」


「ふふふ、若はまだ子どもですよ」


ぼくの呟きにソフィーは笑って答えたのだった。

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