25/流行風邪対策会議②
薬師ギルドのばばあが面倒ごとを持ち込んできた。
どうも北方では秋から冬にかけて流行風邪があるらしい。
症状は疲労感や脱力感の他、頭痛や身体の節々に痛みが出ることも多いという。
そして。
ほぼ例外なく高熱が出るという。
「これにかかると子供と年寄りは死んじまうことも多いし、何よりこれは人から人へ感染るんだ。看病してるほうがかかって死ぬこともある」
くそ。
インフルエンザみたいなもんじゃないか。
「……そいつは、難儀なもんだな」
インフルエンザという言葉を飲み込みこたえる。
もし、前世でいうところのインフルエンザみたいなものなら、と、ぼくは手帳を出すと、マスクと消毒用アルコールとメモしておく。
いや、アルコールよりは石鹸の方がいいか。
まぁ、いい。つくるのはぼくだ。
隅に石鹸と記入する。
「それじゃあ、このレシピを元に解熱薬の調合と納品が主な依頼でよろしいですね。では──」
「雪が積もったら、薬草採取は難しくなるからねぇ。降るまで、いや積もるまでのの間、できるだけ多く必要だね」
毎年不足気味になる解熱薬は場合によっては近隣の町や村へと送られることになるらしい。
不足はあっても余ることはないのだという。
これは解熱薬は効果が薄れるのが早いせいでもある。
薬効が高いものは、足も早いというわけだ。
調薬に必要な薬草は問屋のじじいか冒険者ギルドから届けてもらえるよう念を押しておく。
納品の流れはサクサクと決まっていく。
そろそろぼくもお腹が空いてきた。
お茶を持ったルレイアと焼き菓子を持ったソフィーが部屋へ入ってくる。
これで全員揃った。
「ふむ──まあ、いいだろう」
ぼくは運ばれたお茶を一口すする。
定期的に薬草が届くので、都度調薬して届けてやる。
依頼内容はシンプルだし、大した手間ではないだろう。
「届先は、ばばあの所でいいか」
「ああ、それでいい」
「調薬代は都度の清算でしょうか」
「どちらでもかまわないよ」
「では月ごとの清算にいたしましょう」
時折、シーラが補足して大まかな内容は決定していく。
「──薬草が届いた分はなるべく優先的に作ってやる。話は以上か?」
一人一人顔を見ながらぼくは言う。
未だに肝心な所が聞けていないからだ。
「私たちは失礼しようか」
医師の男とレイナルド・バッツが席を立つ。
薬問屋のじじいと冒険者ギルド職員も同じように立ち上がった。
薬師ギルドのばばあと、もう三人。
どうやら説明に残ってくれるらしい。
「では、あとは私から──」
そう切り出した男をぼくは見る。
どこか文官のように落ち着いた優男で、歳は20代後半に見える。
もっとも童顔だから若く見えるというだけで、実際はもっと年上でも驚きはしない。
いや、若く見えるのは、その前髪のせいかもしれん。
少し長めの髪は薄めの灰色でぱっつんミディアムとでも言おうか。
何よりも終始ニコニコとしていたが、こいつは糸目である。
ニコニコと何かを企んでいるようにしか見えないのは、前世の記憶に引っ張られているのだろうか。
医師のおっさんやレイナルドも身ぎれいで、どこか品があったが、着ているものをみると、もう一段上等な衣服である。
所作──出されたお茶の飲み方──の一つにも品がある所を見ればわかる。
貴族、なのだろう。
こいつがたぶん面倒だな──と偏見100%だった。
他の二人はピタリと両隣に控えている。
どう見ても護衛である。
ガリア領で商売するなら知っておかなければならないこと。
それがこいつか。
「あぁ、気にはなっていたんだ。あなたはどちら様で?」
「若」と隣にいるシーラの非難の声は黙殺する。
いつかは貴族籍から抜けようとしているぼくだが、現在はリリーズ家の人間だ。
ぼくはともかく、リリーズ家が舐められるわけにはいかないし、使える権力は使えるうちに使うべきなのだ。
「そう警戒しないでください。私の名はレイン・クロウリー。ここ、オウルの市長をさせてもらっています。初めまして、リリーズ家の国家錬金術師様」
にっこりと笑うクロウリー市長。
これがこの食えない市長との出会いだった。
「市長……ですか」
シーラが呟く。
ぼくはクロウリーというの名の貴族を思い出そうと頭を回転させる。
「……初めまして市長。リリーズ家のというのは正しくはないかと。言うのならリリーズ家出身の国家錬金術師ですね」
クロウリー市長はぼくの差し出した手を握ると。
「おっと、これは失礼しました。リリーズ家は関係ないとのこと。ではソナタ様個人と解熱薬制作の契約とまいりましょうか」
ニッコリとしながら答える市長。
これで家の権力名は使い難くなった。
「何故、市長が?」
「それはこの依頼が市からきているからだよ」
「なるほど、依頼主でしたか」
当たり障りのない話をしながら頭の中では必死にクロウリーの名を検索するもヒットなし。
もう少し貴族の勉強をしておくのだったな。
「こちらが契約書です」
「拝見しましょう」
焼き菓子を食べながら、契約書に目を通す。
「──ふ」
思わず笑みがこぼれた。
契約書はそのまま隣のシーラへと渡す。
「いかがです?」と笑みを絶やさない市長。
「これはちょっと……こちらに不利益ではありませんか」
シーラは眉間に深いしわを刻んで不満そうに答えたのだった。




