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バレーの試合会場で

 晴れやかな五月晴れ、みんな大好きゴールデンウィーク。

 待ちに待った長期休暇。新しい環境にも慣れてきて新しい仲間とお出かけする人も多いのではないだろうか。

 そう。フラグの季節である。


「舞ちゃん、お待たせ」

 爽やかな5月の陽気に負けない爽やかさを伴って現れた遙に、あちこちで悲鳴に近い声が上がる。

 超進学校の制服が眩しい。

 今日、舞と遙はバレー部である咲子の試合の応援のために市民体育館を訪れていた。


 咲子と舞はフラグ建築士仲間だが、その前に同じ学校、同じクラスの親友である。

 1年生の頃からの付き合いだが、お互いがフラグ建築士だと知ったのはつい3ヶ月ほど前。顔を見合わせて「プロモブかよ」と爆笑した。


 規模の大きい大会ではないけれど、新体制のお披露目のような意味合いも兼ねているこの大会はそこそこ重要らしい。

 元から咲子の応援に行くつもりだった舞は、出場校以外の学校の生徒も見学可だという話を咲子から聞き、遙を誘った。部活ものの経験値を積むのもいいかもしれないと思ったからだ。

 もちろん、この程度の悲鳴と視線は織り込み済み。

「制服、目立つね」

「そう?舞ちゃんも制服だし、結構制服の子いるよ?」

 しかしさすがに有名進学校の制服を着た生徒は見当たらない。

 オーソドックスな紺色のブレザーに品のあるエンブレムをつけたこの制服は、この辺の人間からすれば一目置く存在だ。

 まぁ、今日はフラグを立てにきたわけではないので、いくらでも目立っていただいて差し支えない。

 そろそろ周囲から「え?隣の子どういう関係?」という声が聞こえてきたのでさっさとこの場を去ることにしよう。



 咲子たちの試合まではもう少し時間があるので、東校バレー部が集団で陣取っている待機場所へ向かう。

「咲子ー、お疲れ」

「咲子ちゃん、久しぶり」

 途端に、舞の挨拶がかき消される勢いで悲鳴が上がった。

「咲子、そのイケメン誰!?」

「西校の制服?今日西校出てないよねぇ!?」

「ちょ、どういう関係!」

「しょしょしょ紹介っ……!」

 バレー部メンバーがてんやわんやの大騒ぎをしている間に咲子に差し入れを渡す。みんなで摘めるお菓子と、咲子用にスポーツドリンク。

 舞の愛情こもった差し入れを受け取りながらも、やはり遙のことは気になるらしい。視線は立っているだけで絵になる男に釘付けだ。

「こんなイケメンがわざわざ応援に来てくれること二度とないわ。今日私は魔球とかで死ぬんか?」

「部活もので死人はほぼ出ない」

「ほぼ、な」

 くだらないやり取りをしている間に遙はすっかり女子バレー部員に囲まれている。

 困る様子も見せず笑顔で丁寧に接してくれている様子から、このような状況には慣れているのだろう。

「ていうか、なんで舞と一緒に来てるの?」

 さすがに知り合いの前で舞の存在感が消えることはなく、遙を取り巻く友達の1人から至極真っ当な質問が飛ぶ。

「えっと、舞ちゃんは俺の先生だから」

「先生って?」

「ふっふっふ。どうも、先生です」

 いくら困っている様子が見受けられないからといっていつまでも囲ませているのも気が引ける。舞がむりやり割り込むと、友達のバレー部員に遠慮なくつつかれた。

「東校生が天下の西校生に何を教えるのさ」

「えっと、人生、とか?」

「小娘のセリフ」

「いいじゃん。お友達ですー。我々はお暇しますー。試合頑張ってねー」

 無理やり話をぶった斬って遙の背を押す。

「あ、ごめん。待って」

 品のある笑顔と共に、咲子に可愛らしい紙袋を差し出す。

「差し入れ。試合頑張ってね」

「あああありがとう!」

 女子バレー部員の包囲網を背にさっさと逃げ出す舞の背後から、咲子の「今日の試合は魔球ありですか……」という弱々しい声が聞こえた。

 是非とも魔球禁止の方向でお願いしたい。



 試合会場へ足を運ぶ道すがら、人通りの少ない道を選ぶ舞に遙は文句もなくついてくる。

(この人、私が人目の少ない場所でハレンチな行為に及ぶとか考えないんだろうか)

 少し高い位置にある遙の顔を盗み見る。いつも通り口元に穏やかな笑みを湛えた美しい横顔だ。

(まぁ、恐れ多いけど)

 さすがに舞だって信頼を損いたいわけではない。

 気を取り直して遙から視線を外すと、木の影に隠れるように座り込む女子生徒を発見した。どこかの学校のジャージを着ているので選手だろう。俯いたその表情はどこか暗い。

 舞が立ち止まって遙の袖を引くと、遙もすぐに気がついたようだ。

 心配そうな顔をして、すぐに歩み寄ろうとする遙を引き止める。

「もしフラグを建てるならどうする?」

「えっと、すぐに声かけちゃダメってこと?」

 舞がこくりと頷くと遙は真剣な表情で考え出す。

「この後起こり得る一番ドラマチックなシーンを想像して。そこから逆算していけばいいんだよ」

「ドラマチック……彼女は暗い顔をしているから悩みがありそう。例えばチームメンバーとケンカしたまま試合前になっちゃったとか?それなら、試合直前に仲直りして、勝つっていうのがドラマチックかな」

「その状況にもっていくためには?」

「ケンカした相手がまずここに来ないといけないね」

 遙の回答に舞が満足そうな表情を見せるのとほぼ同時だった。


「みゆき!」

 ショートカットの快活そうな少女が座り込んでいた少女に走り寄る。

 同じジャージを着ているその少女は、みゆきと呼ばれた少女の肩を掴む。

「聞いたよ!お母さん今日が手術なんでしょ?みゆきは行かなくていいの?」

「でも、私、エースだし……」

「そんなの関係ない!私たちがそんなに信じられない?」

 みゆきの瞳が揺れ、あっという間に涙がぼろりと転がり落ちる。そんなみゆきをショートカットの少女が抱きしめた。

「絶対勝つよ。みゆきは、お母さんの手術の成功だけ祈ってればいいの」


 さすがにこれ以上は野暮だ。咲子の応援のための場所取りもしたい。舞と遙はそっとその場を離れる。

「ケンカじゃなかったね」

「でもすごくいい感じだったよ。頭いいから理論で組み立てていくの向いてるのかもね」

 遙は素が主人公だからそのまま行動を起こせばどうしてもスポットライトが当たってしまう。けれど、頭が良くて思いやりももっているのだから、一呼吸おいてきちんと考えればモブの正解にだって辿り着けるのだ。

 確かな手応えに思わずにんまりと顔が緩む。


 世界よ、神宮遙はモブになる力も秘めているぞ。


 心の中で高笑いする舞の手が、一回り大きな手に包まれる。

 ギョッとして隣に視線を向けると、遙が困ったように笑っていた。その向こうには今にも遙に突撃してきそうな女子の集団。

「咲子ちゃんの試合に間に合わなくなっちゃいそうだから、ちょっと急ごう?」

 そう言って遙が走り出す。

 イケメンが、女の子の手を引いて走っている。

 なんて王道少女漫画。

 少し強めに舞を引っ張るその力にクラクラする。容易く女子の手を握らないでいただきたい。モブなのでそういうの、慣れてません。


 世界よごめん。やっぱり神宮遙は主人公だよね。

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