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うっかり発火するかと思った

 華やかな顔面をした男の子が街中を歩いてくる。

 彼は今回のターゲット。整った容姿を活かして芸能科もない普通の高校に通いながらモデル業をしている。スカウトでデビューしたらしい。人気は上々。

 けれど、自分の容姿だけを目当てに近寄ってくる女の子たちにうんざりしているせいか、女の子への風当たりが強め。学校では近寄る女子をバッサバッサと切り捨てているらしい。


 そして、もう1人のターゲット。

 彼と同じ学校に通う、決して派手ではないけれどぱっちり二重の目が可愛らしい女の子。

 彼女はいわゆる歴女で、流行に興味がなく、テレビや雑誌もあまり見ない。もちろん最近人気のモデルなんて知らないけれど、真っ直ぐで一生懸命で、何より笑顔がかわいい。


 今回の目的は、そんな彼女の視線を彼に向けさせること。

 たったそれだけでいい。それだけで、主人公たちには物語が始まるのだ。


 男の子が歩いてくる。フラグ建築士でもなんでもない一般女性たちが頬を赤らめて彼を目で追う。彼にはそんな魅力がある。

 女の子が男の子を視認できる範囲に来たことを確認。

 声をひそめつつ、それでも女の子には聞こえる声量を意識。

「ねぇ見て、あの人すごくかっこいい」

「本当だ。素敵な人だね」

 神が厳選した声帯から発せられた声に、彼女が振り向いた。


 こちらに。


(こっちじゃねぇぇぇぇぇ!!!)

 彼女だけでなく、さっきまでモデルの彼を追っていた視線まで次々とこちらを捉える。

 ざわざわと、にわかに騒がしくなってきた。

「え、ヤバ。エグいイケメンおる」

「素敵な人だねってそれはお前だ」

「イケメンがイケメンを褒めてる。楽園か?」

「待て待て、隣の女、どんな神経してたらあの顔面の隣で他の男褒められるんだ?」

「本当だ、よく見たら隣に女がおる」

「突然視界が女を認識した。バグかよ」

 プロのモブでもさすがにこんな騒ぎになれば認識されるらしい。

 歴女の彼女が遙に目を奪われている隙に、モデルの彼は通り過ぎていってしまった。ちなみに彼もしっかり遙を見て「すげぇ」と呟いていた。


 失敗だ。こんな簡単な仕事で失敗するのはいつぶりだろう。

 舞は、唇を噛み締める。

 そんな舞の様子を見て心配そうに声をかけようとする遙が動く前に、舞は全力で走り出していた。

 背中の方から「ちょっとそこのキミー!モデルに興味ないかなー!」という必死な声が聞こえてきた。遙は捕まったようだ。

(すまん!巻き込まれフラグ回避!)

 一度目立つ男から離れてしまえばこちらのもの。

 モデルの彼が歩いていった方向に全力で走る。




▪️ー▪️




 舞が駅から少し離れたファストフード店のテーブルでタプタプと報告書を作成していると、目の前の椅子がカタンと引かれた。

 視線を上げると、店内中の視線をかき集めながら遙がややくたびれた様子で座る。触れたら壊してしまいそうな儚さが、そこはかとない色気を醸し出している。

 元からはぐれることを前提として待ち合わせ場所を決めておいた。

 遙はアイスコーヒーを飲んで一息つく。

「お疲れ」

「なんか今日のスカウトの人、すごく気合い入ってて……」

「モデルの子褒めたから、興味あると思われたのかもね」

「なるほど……。それより、俺のせいでフラグ建築失敗しちゃってごめんね」

 神妙な顔で謝られる。かなり責任を感じているらしい。この仕事の重要性を理解してくれる、とても有望な生徒だ。

「大丈夫。ちょっと時間はかかったけど、あの後ちゃんとフラグ建てたから」

「え!どうやって?」

「えっと、この後の彼の予定は事前に調べてたからそこに彼女を誘導して、独り言装って『うわ、イケメン』とか言っといたら無事にフラグ成立」

 ピースを作って見せてやれば、嬉しそうに微笑まれた。少しは慣れてきた。けれど、あくまでも少しなので、多少息が止まった。


「俺知らなかった。フラグ建築士の人って仕事前にすごく下調べとか準備してるんだね」

 さすがに部外者に見せることはできないが、舞は今回の仕事の前にターゲットの男女について人となりや行動パターンなどを可能な限り調べている。

 そのおかげでリカバリーもできた。

「人によるかな。私は、建てちゃいけないフラグは建てたくないから。みんなが幸せになれるフラグを建てるためにはターゲットのこともきちんと知っておきたい」

(心優しい不良と真面目女子のフラグを建てておいて実はどうしようもない不良だったとか泣いちゃうもんね)

 もちろん事務所が調査の上で受ける仕事なので問題はないのだろうが、できればいいご縁を繋ぎたい。


 報告書を作り終え送信。

 氷が溶けかけたコーラを一口飲む。

「それにしても神宮くん」

「なに?」

「仮に3級試験に通ったとして、実績を積むのが大変そうだね」

「うっ……そうだね……」

 視線を誘導するどころか集めに集めた男が項垂れる。

「せっかく舞ちゃんが考え方の参考になるかもって現場に連れていってくれたのに、俺は邪魔しか……」

「ま、まぁ、今回は恋愛モノだったから余計目立ったのかもね。えっと、殺人とか、事件の目撃者系ならあんまり顔関係ないんじゃないかな!」

「もちろん仕事ならきちんと頑張るけど、少女漫画に、憧れてて……」

「ソウデシター」


 そもそも事件の目撃者系はあまり高校生には回されない。やはり企業として未成年になんらかの配慮がされているのだろう。

 青春真っ只中の高校生には、恋愛ものや部活ものの仕事が多く回される。

 今日のターゲットは同じ学校の生徒だったのだから、同じ学校にフラグ建築士がいればほぼ確実に仕事が回ってきただろう。

そうか、西校内のフラグを狙えばいいのだ。


「ねぇ、神宮くんの学校って、神宮くんの他にも目立つ人っているの?」

「え?いると思うよ。俺は人の噂ってあんまり聞かないけど、それでもよく聞く名前ってあるし」

 さすが超進学校。人材豊富というわけだ。それならば学内だけでも仕事がいくつか回ってくるかもしれない。成功するかは別として。

「神宮くんって学校ではどんな感じなの?」

「んー、普通じゃないかな」

「女の子によく話しかけられる?」

「たまにね。普通だと思うよ」

「仲良い男友達いる?」

「普通にいるよ」

 普通の基準が甚だ謎だが、まぁ本人からすれば周囲に騒がれようとそれが普通なのだろう。

 何より大層やる気があるし、合格さえすればなんとかフラグ建築士としてやっていけるのではないだろうか。


 風速マッハで先輩風を吹かせ、舞は遙の試験突破に向けて気合いを入れ直す。


「舞ちゃん、今日は俺のことたくさん聞いてくれるね」

「あっ、不躾にごめ……」

 小首を傾げた、いたずらっ子のような瞳と目が合う。

 いつもの穏やかな口調と柔和な笑みとのギャップにクラクラする。

「ううん。俺のこと考えてくれてるんだろうし、うれしい」

 いたずらっ子のような瞳が蕩けるように細められる。

 一気に顔に熱が集まるのがわかった。

 なんて破壊力。うっかり発火しそう。


「生徒思いの先生に出会えて幸せだな」


 この男やっぱり、モブへの道は厳しくないか?

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