燃えるフラグ建築士の使命感
「あ、えっと、一応事務所に所属してます。3級フラグ建築士の田中舞です。高校2年生です。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、遙も神妙に頭を下げる。
「えっと、神宮さん、は」
「同い年ですし、さん付けじゃなくて大丈夫ですよ」
「あ、え、じゃあ、神宮くんも、敬語いらないよ」
「……うん。ありがとう」
どこか嬉しそうに微笑まれ、舞は思わず天に祈る。
(神様、気合い入れすぎです)
「と、とりあえず、神宮くんは何が聞きたい?」
「そうだなぁ。3級の試験対策の勉強法かな」
「あー、と言っても昔から漫画やドラマよくみてたから、フラグにも馴染みが深くて。私は市販の対策問題集繰り返したくらいかな」
「俺が使ってるのはこれなんだけど……」
遙が鞄から出した問題集は、おそらく対策問題集で一番売れているのではないかというくらいオーソドックスなものだった。見ればあちこちに付箋やマーカーが引いており、カバーも端っこがくたびれている。きっと熱心に勉強しているのだろう。
「全然いいと思う。この問題集使いやすいよね」
ここまで勉強して、そんなに難易度の高くないあの試験に合格しないとはどういうことだ。もしやとんでもなくお勉強が苦手なタイプ?
「ちなみに神宮くん、学校どこ?」
「西校だよ」
「……超進学校じゃん」
「舞ちゃんは?」
いつの間にか「ちゃん」呼びになっている。
嫌味も下心も感じさせずに異性と距離を縮めるこの爽やかさ、春風だって裸足で逃げ出す。
「東校」
「じゃあ意外と近いね。どこかで会ってるかも」
この美形とどこかで会っていて気がつかないはずも忘れているはずもない。自分の顔面を舐めないでほしい。
無意味に憤慨しながら遙に問題集を返す。
「えっと、3級の試験ってマークシートと記述でしょ。どっちが苦手とかある?」
遙の顔が明らかに曇った。影のある顔も美しい。
「マークシートは問題ないんだ。毎回ほぼ満点。ただ、記述が苦手で」
「へぇ。記述の過去問ある?」
「あ、うん。こっちのノート」
差し出された茶色の表紙のノートをペラペラとめくると、少しだけ右上がりの綺麗な字が整然と並んでいた。
しばらく読んで、確信する。
(主人公やないかい……!)
問1『あなたは今、敗色濃厚な戦場にいます。明日の作戦は一斉特攻。そんな作戦を翌日に控えた夜、大事そうに写真を見つめる1人の兵士がいます。あなたはどのように行動しますか』
答『おそらく彼には帰りを待つ人がいるので、彼を家へ帰すためにも、勝つためにも、作戦の見直しを提案します』
問2『雨に濡れている捨て子猫がいます。道の向こうからは不良。反対側からは真面目そうな女の子が歩いてきています。あなたはどのように行動しますか』
答『猫を拾います』
(いかにも聞いて欲しそうな写真を無視して作戦を提案するな。そして猫を拾うのはお前じゃない)
とりあえずツッコミはコーラと一緒に飲み下す。
「神宮くんもしかして国語苦手?」
「あ、いや、学校のテストとかは問題ないんだけど。この記述って『あなたならどうするか』って聞かれ方するでしょ。そこが苦手かな」
(素直か)
自分の弱点を認識しているからか、少し気まずげに視線を横へ流す遙は憎めない。元より天性の主人公がモブになろうとしているのだ。そんなの時空が歪んで然るべき。
とはいえ、試験突破に向けて見知らぬ女に相談を持ちかけてくれたのだ。簡単に諦めろとは言えない。
「えっとね、元も子もないけど、試験突破だけなら記述も回答だけ覚えちゃえばいいんじゃない?」
「それは俺も考えた。でも、その後フラグ建築士として人の人生を変えてしまうくらいのフラグを建てていこうとするなら、結局は自分の思考回路をフラグ建築に最適化しないと活動は続けられない。資格だけとっても意味ないんだ」
(なんだこの人。偉すぎない?)
今後のことまで考えて、安易な選択に身を委ねない。
なんて主人公。少女漫画だけでなく、少年漫画からアクション映画まで、あまねく主人公は神宮遙に決定なのでは?
後進の育成なんて興味がない。そんなのは先輩がやってくれればいい。それよりまずは自分が1級を取ることを考えたい。とりあえず次の2級試験に向けて実績を重ねておきたい。
そんな自分の目の前で、フラグ建築士の助けを借りなくてもフラグ建て放題の男が、真剣に他人のフラグを建てる手伝いをしたいと望んでいるのだ。
綺麗な顔にあてられて目眩を起こしている場合じゃない。
微力ながら助けになってやろうじゃないか。
「わかった。何ができるかわからないけど、神宮くんの思考回路が立派なモブになるよう付き合うよ!」
気合いを入れて告げれば、遙の顔がパッと明るくなる。
「ありがとう!俺も頑張るよ!」
小さなテーブル越しに固い握手を交わす。
もう、自分に注がれる周囲の嫉妬まじりの視線とか、遙の整った顔面とか、思ったより大きな手とか気にならなかった。
先輩フラグ建築士としての使命感が、無闇に舞の胸を燃やしていた。