コーラだけはいつもと変わらず
遙の気持ちは十分にわかった。
そして舞はフラグ建築士。事務所にも所属し、プロとしての自覚がある。
後進を育てることも大切な仕事だ。なんて嘘。かっこいいから言ってみたかっただけ。
正直こんなに輝く人の相手は荷が重い。
今回はお断りしてもっと華やかな人生でも歩んでいただこう、そんな舞の心中を悟ったかのようなタイミングで軽やかな声が上がる。
「そういうことなら、舞に聞けばいいよ。私はまだ新米だけど、舞はもうすぐ2級の受験資格得られるくらいなんだよ」
「咲子!?」
何を言い出すんだこいつと首がもげる勢いで咲子を見ると、なんとも無害そうな笑顔。我が友ながら愛らしい。
「すごい。2級ってある程度実績を積まないと受験資格が得られないんですよね?」
「そうそう。それに基本的にフラグ建築士ってモブだから、同年代のフラグ建築士に偶然コンタクト取れるのってラッキーだよ」
咲子の笑顔と後押しで、遙の期待した瞳が真っ直ぐに向けられる。
その宝石のような瞳を見るだけで、背中にじわりと汗が滲んだ。
「あの、お話を聞かせていただけるだけでもいいんです」
そんな綺麗な顔をこちらに向けないでほしい。
思わず唇を噛み締める。
「ダメでしょうか……舞さん」
「……っ!」
耳が爆発するかと思った。
世界の主人公に名前を呼ばれて……というか、普段モブに徹しているせいでそもそも異性に下の名前で呼ばれることに慣れていない。
それなのに、こんな綺麗な男の子が。
絶対に冥土の土産に持っていこう。
「わかっ……た」
「ありがとうございます!」
息も絶え絶えな返事に遙がパッと表情を明るくする。
それだけで「いいものを見た」と得した気分になるのだから自分も大概お手軽だ。
「この後お時間ありますか?日を改めた方が?」
「……大丈夫」
「あ、飲み物、買ってきます。何がいいですか?」
「……コーラ」
「了解です。咲子さんは?」
「ぐっ……わ、私はこれから用事があるから帰るよ」
「そうなんですね。残念です」
「んぬっ!……ご、ごめんね。だから飲み物2人分で大丈夫だよ」
咲子が力無く手を振ると、遙は軽く会釈をしてレジカウンターへ向かう。
残された気配がいつまでも周辺空気を煌めかせているような、これは、幻覚?
「咲子……あんた、フラグ立てようとした?」
「いやぁ、職業病で」
「自分もしっかり被弾しておきながらしゃらくせぇ」
「だって、あんな美形を目の前にしてる時点で瀕死なのに、名前を呼ばれるとかマジ冥土の土産」
感性のよく似た友人の言葉に激しく同意。
「それに、そこまで難関でもないあの試験を14回受けるって相当じゃない?聞いてあげなよ」
「それなら咲子も一緒でいいじゃん」
「いや、この後用事があるのはマジなんだわ。正直悔しい」
グッドラック!なんて親指を立てながら去っていく咲子と入れ替わるように遙が戻ってくる。
コーラを目の前に置かれ、お金を払おうとしたらやんわりと断られた。話を聞かせてもらうお礼らしいけれど、美形に奢られたコーラなんて価値が計り知れない。
慎重にストローで黒い液体を吸い上げると、当然ながらいつもの味がした。