世界の中心に立つモブ
突如現れた神に愛されし男は神宮遙というらしい。
恐ろしいことにこの美貌で一般人だという。今まで無事で何よりだ。
4月半ばの春の陽気をそのまま連れてきたような彼は今、長い脚を丁寧に折りたたんで舞達の目の前に座っている。
ファストフード店の安いコーヒーのカップでさえ、彼が持てば表参道のお洒落なカフェの風格を得る。
「それで、どういったご用件で」
店内の視線を一身に集めながら、遙は神妙な様子で少し眉を顰めた。
「実は俺……」
まさか進級早々突然のロマンス?
確かに新しい生活が始まる4月はフラグがたちやすい季節ではあるけれど。いや、そんなわけない、そう頭ではわかっているのになぜかやたらと胸が高鳴る。
遙の声がそうさせるのか、切なげに見える表情がそうさせるのか。続く言葉を聞き漏らさないよう、思わず肩に力が入ってしまう。
不思議で、厄介でたまらない。
舞がチラリと隣を伺うと、咲子も同じように緊張しているのかやたらと背筋がピンとしている。
その様子に少しだけ安心感を覚えて、舞は遙に視線を戻した。
「俺、フラグ建築士になりたいんです!」
決死の覚悟といった様子で放たれた言葉に、舞は呆気にとられる。
遙はいたって真剣なのだろう。
きちんと伸びた背筋と真剣な瞳。
見惚れそうになった舞は、一度首を振って意識をなんとか保つ。
「フラグ建築士に、なりたい?あなたが?」
「はい!」
「えっと、なればいいんじゃないですかね?」
「はい!がんばります!」
がんばれ。話は終わった。
身体から一気に力が抜け、背もたれに身体を預ける。
コーラのおかわりでも買ってくるかとレジカウンターに視線を向けた舞の意識を引き戻すようなタイミングで、遙が口を開く。
「試験は何度か受けてるんです。でもなかなか合格できなくて……。ぜひ、現役フラグ建築士の方にお話を聞きたいと思ったんですが、難しいでしょうか?」
「ちなみに、試験は何度ほど?」
「えっと、先月の試験も不合格だったので、次が15回目の受験になりますね」
「えっ、どうやったらそんなに落ちるんですか?」
「えっ……」
「えっ……」
「……」
「……」
バカみたいに失礼なことをいった自覚はある。自分の大失態に言葉をなくした舞と、なんと答えればいいのか真面目に考え込んでしまった遙との間に気まずい沈黙が降る。
今ここは、世界一気まずい空間かもしれない。
「そ、そんなに何度も挑戦するくらいフラグ建築士になりたい理由が何かあるんですか?」
友人の失態をカバーするように、咲子がいつもよりワントーン明るい声を出す。
先ほどよりは答えやすい質問に遙は微かに安堵したような表情を見せる。
「えっと、俺昔から少女漫画が好きで。主人公カップルを見守る壁になりたいなって、ずっと思ってたんです」
どんな豪勢な壁だよ。とは言えない。
遙は照れたように目元を柔らかくする。整った顔に隙が加わり、心臓が弱い人なら卒倒するレベルで可愛い。
「それでフラグ建築士に憧れて。自分もいつか世の中のカップル成立のきっかけになれたらなって」
自分にも覚えのある感情に、心が揺れる。
舞も少女漫画好きを拗らせてフラグ建築士を目指したのだから、遙の気持ちは痛いほどわかる。
しかし。それにしてもだ。
正直な話、この男が登場した時点でヒロインのかわいらしい恋心は掻っ攫われる気がする。
どうあっても主人公。がんばりにがんばり抜いて主人公から抜け出したところで、ギリギリヒーローのライバル。しかも読者からメチャクチャ人気になるやつ。
フラグ建築士とは物語の進行を邪魔しない、プロのモブであると舞は思っている。
こんな世界の中心に立つモブがいてたまるかよ。