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世界の主人公 最終話

 商工会議所の会議室を借りて行われるフラグ建築士2級試験。年齢も性別も様々な人たちが控え室で静かに順番を待っていた。

 空は真っ青で、気温も穏やか。散歩でもしたら気持ちよさそうな天気だ。窓からぼんやりと空を眺めていると、受験番号が呼ばれた。

「はい」

 返事をして、面接会場のドアをくぐる。





 試験を終えて会場を出る。電源を落としていたスマホを起動させていると、女性たちの囁く声が聞こえた。

「見て、あの人かっこいい」

 自分も何度も仕事で口にしたことがある言葉だ。

 誰かのフラグでも立つのだろうか。そう思って女性の視線の先を追って納得する。

 同時にスマホがメッセージを着信した。


「神宮くん」

 フラグ建築士の手なんか借りずとも自然と視線を集めてしまう男に近づいてく。遙を見ていた女性からの視線が流石に気になるので、なるべく女性を視界に入れないように気をつける。

「舞ちゃん、お疲れ様」

 舞を見つけた遙が嬉しそうに微笑む。そのあまりの眩しさに思わず目を細めた。

「どしたの?この辺で用事でもあった?」

「ううん。試験終わりの舞ちゃんを労いたいなって思って。時間あったらお茶でもどう?」

 そのためにわざわざ試験会場まで出向いてきたのだろうか。流石に優しすぎやしないか。これだから咲子たちに「神宮くんは舞に甘い」と言われてしまうのだ。

 舞が1人で動揺していると遙がこてんと首を傾げる。

「用事あるなら駅まで送るけど」

「ないよ!めちゃくちゃ暇です」

「そっか良かった。行きたいとこある?」

「えっと……」



▪️ー▪️



 空は真っ青で、気温は穏やか。広がる芝生は青々として、離れた場所では数組の家族連れがカラフルなレジャーシートを広げている。

「天気がいいから気持ちいいねー」

 少し体を傾ければ肩が触れ合ってしまう距離で遙が大きく身体を伸ばす。

「ほ、ほんとだねー」

(ファミリー向けレジャーシート買うべきだった?思ったより近いんだけど!)

 天気がいいから散歩がしたいと言ったのは舞だ。

 それならば少し足を伸ばせば大きな公園があると遙が教えてくれたので、100円均一のお店でレジャーシートを買い、コーヒーショップでサンドイッチと飲み物を買ってピクニックに来た。ちなみに遙のコーヒーのカップにはレジのお姉さんの電話番号が書かれている。

 太陽の下はポカポカしていて、公園は広々としていて、隣には遙がいて、楽しい気分に浮き足立ちながらレジャーシートに並んで座った時、あまりの近さに心臓が止まるかと思った。

「はい、舞ちゃんのサンドイッチとオレンジジュース」

「ありがとう。いただきます」

 エビとアボカドがたっぷり挟んであるサンドイッチに齧り付く。面接の順番の関係でお昼ご飯がまだだったのでお腹はペコペコだ。

 とりあえずポカポカの日差しと美味しいサンドイッチに罪はない。

 一旦遙のことは置いておいて食事に専念する。

「神宮くんのサンドイッチの具なに?」

「ハムとチーズだよ」

「わ、それ絶対美味しいやつだ」

「食べる?」

「神宮くん、もしかして私のこと食いしん坊だと思ってる?」

「ふふ。違うの?」

「少なくとも人のお昼ご飯奪うほど飢えてないよ」

「試験頑張ったご褒美にドーナツ買ったんだけど」

「それはありがたく食べるけども」

「ふふ。良かった」

 気を使わないおしゃべりと美味しいサンドイッチの効果か、段々と肩の力が抜けていく。

 ペロリとサンドイッチを食べ終えた舞は遙から恭しくドーナツを受け取ってかぶりつく。甘いドーナツが、遙からのご褒美だと思うとさらに甘く感じた。


「ご馳走様でした。お腹いっぱい」

 舞がドーナツを食べる姿をニコニコしながら見守っていた遙が「おいしかったね」と言ってコーヒーを飲む。香ばしいコーヒーの香りは今の天気ととてもよくあう。

「神宮くんっていつもコーヒー飲んでるよね。好きなの?」

「んー、匂いが好きかな。味は普通」

「え?匂い優先なの?」

「優先というか、あると匂いに釣られてつい頼んじゃう」

「じゃあ味が好きな飲み物ってある?」

「んー、なんだろ。水?」

「神宮くんって、時々ちょっと変なとこあるよね」

「はじめて言われた」

 遙が楽しそうにくすくすと笑うから、舞もつられて笑ってしまう。

(神宮くんといると、なんかいつも笑っちゃうなぁ)

 たまにおかしなところも面倒なところもあるけれど、基本的にはいつも穏やかな遙の隣は心地いい。周囲はフラグの嵐なのに、そのフラグをものともしない中心にいる遙の周りだけ凪いでいる。まるで台風の目だ。

 いつか遙はハリウッド映画並のフラグを掴み取るのかもしれないけれど、それまではもう少しこの安全地帯で遙を見ていたい。

 ふわりと通り抜けた風は、もう10月だというのに夏の名残の匂いがした。

「ねぇ舞ちゃん」

「ん?」

 隣から優しく声をかけられ、なんの気負いもなく返事をした。

 鮮やかな空と瑞々しい芝生を背負って、遙が穏やかに微笑む。


「俺、舞ちゃんのことが好きだよ」


「……へ?」

 時が止まる。遙の言葉を咀嚼し、ゆっくり飲み込んで、それからカッと顔が熱くなるのを感じた。

「そ、それは、先生として的な……」

「恋人になってほしいって意味」

 舞の視線が絡め取られる。真っ直ぐに舞を見つめる瞳は真剣で、陶器のように滑らかな頬がほんのり朱に染まっている。

「ま、待って……」

「なに?」

「だって、神宮くんとお付き合いするにはイベント足りてなくない!?」

「ん?」

 ちょっと意味がわからない、と顔に書かれているが、微笑んで首を傾けてくれる。

「神宮くんは世界の主人公だよ!?お付き合いするにももっと難関を潜り抜けたり、すれ違って話もせずに走り去ったり、ライバルが現れてごちゃつくものじゃないの!?」

「んー、レモ恋にもあったね。そういうの」

「春木小鳥さんとのバトルは!?」

「とっくに別れてるからねぇ」

「祐希くんに釘を刺される展開は!?」

「させないけど」

「世間を巻き込んだ挙句の大々的な告白は!?」

「亮平みたいなやつ?舞ちゃんがしてほしいならするけど」

「え〜……?」

 力が抜けたような情けない声が口から漏れた。遙は困ったように微笑んでいるけど、その目は溶けそうなほど優しい。心臓の音がうるさい。

「こんな普通な女と、こんな普通にお付き合い始めちゃっていいのぉ?」

「俺にとって舞ちゃんは特別だけど。普通っていうなら俺だって多少目立つだけの普通の男だよ」

「……神宮くんが、普通?」

「うん。もし俺が本当に世界の主人公だったら、試験に14回落ちた挙句見知らぬ女の子に助けを求めたりしないよ」

「……そう、か……?」

「そうそう。俺はそんな普通の男だから、この告白だってすごく緊張してるし、舞ちゃんが彼女になってくれたらすごく嬉しい」

「うれ……しい……?」

「うん。嬉しい」

 ふわりと微笑んだその顔はまるで花が咲いたみたいに美しくて、やっぱり普通とはなんだという気になるけれど、遙が嬉しいというのであればそれでいい。

 だって、散々自覚済みだが舞は遙に甘い。

 今でも心臓はギュンギュン鳴っているし、気を抜いたらひっくり返りそうなほど緊張しているけど、目元に力を入れて遙の目を見つめる。

 燃えているように揺れるその瞳はまるで宝石のようだ。

「私も神宮くんのことが好きです。不束者ですが、よろしくお願いします!」

 なんて普通の返事。ロマンチックのかけらもない。

 それなのに、遙が安心したように笑うから、もうなんでもいい。


「ありがとう舞ちゃん。大好き」


 狭いレジャーシートの上で抱きしめられる。

 弾け飛びそうなほど心臓が鳴っているけど、遙の心臓も負けないくらいドキドキしているのを感じて、そっと背中に手を回した。


 こんなに幸せなんだから、今は背景に溶け込める気が全然しない。

 今だけは、遙だけでなく舞も世界の主人公でいい気がする。


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