事務所のオシャレではない休憩室
舞が事務所の会議室から出ると、パソコンから顔を上げた遙とちょうど目があった。
「舞ちゃん、来てたんだ」
「うん、さっきまで先輩に模擬面接に付き合ってもらってた。神宮くんは?」
「俺は社長と次の仕事について打ち合わせ」
舞と遙が所属している事務所はワンフロアでそこまで規模が大きくはない。
フラグ建築士も常駐しているわけではないので、今はフロアの奥に事務方の社員が何名かいる程度だ。
遙が座っているデスクの近くから椅子を引っ張り出して隣に腰掛ける。
画面には仕事の一覧がずらりと並んでいた。
「次の仕事決まったの?」
「ううん。まだ。やっぱりちょっと、俺目立つみたいで」
それはそうだろう。
先日の文化祭で無事に初仕事デビューをした遙だが、元来3級建築士が担当する仕事は背景に紛れて最初のきっかけを作るものが多い。文化祭の時は一番無理のない展開に持っていける立場にいたので遙に仕事が回ってきたが、あれは本来なら2級以上のフラグ建築士が担当する範囲だ。
背景に溶け込もうにも世界から注目されてしまう遙に3級の仕事を回すには、社長も慎重に案件を選ばざるを得ないのだろう。
「とは言っても実践しないとどうにもならないしね。私と一緒に仕事とる?」
「それだと舞ちゃんの成績半分になっちゃうからなぁ」
一つの案件に2人のフラグ建築士を派遣すれば、もちろん成績は折半となる。報酬5千円の案件に2人派遣したからといって1万円もらうことはできない。
それでもフラグの建てやすさを考慮して他のフラグ建築士と組んで仕事をする人は多い。
他にもバイトとして個人的に人を雇う場合や、友達と遊んでいる最中についでに仕事もこなして人件費を浮かす、なんて場合もある。
無茶をしなければ仕事のスタイルはそれぞれのフラグ建築士に委ねられている。
「成績は別に気にしていないよ。2級受ける基準にはもう達してるし」
「試験10月頭だっけ?もうすぐだね。頑張って」
2級の試験を受けるためには3級での一定以上の実績が必要だ。遙は1級を目指しているのだから、実績は積める時に積んでおいた方がいい。
こんなにやる気があるのに仕事がないなんて、焦ったりしないのだろうか。
心配が顔に出ていたのか、遙は舞の顔をみてふっと笑うとパソコンをシャットダウンした。
「この後予定ある?休憩室でなにか飲んでいかない?」
「うん。いく」
事務所が入っているビルの中にある休憩室はお洒落オフィスのカフェみたいな空間とは違ってとてもシンプルだ。
広い部屋にテレビと机、椅子、自動販売機が並んでおり、ビル内にある様々な会社の人が誰でも使えるようになっている。
自動販売機はちょっとしたお菓子やカップ麺の自動販売機もあり、電子レンジとポットも完備されているので平日のお昼時は割と混雑する。
夕方近い今はほぼ人はおらず、ボリュームの絞られたテレビの音が微かに耳に届く。
それぞれ飲み物を買って、すみっこの席に陣取った。
「2級の試験って記述と面接?やっぱり緊張する?」
「うん。そもそも人前で話すことにあんまり慣れてないからなぁ。でも先輩に模擬面接付き合ってもらってるから、ちょっとマシかも」
「舞ちゃんはいつも頑張ってるから、きっと大丈夫じゃないかな」
「だといいけどね」
遙が買ったコーヒーの香りがふわりと漂った。
「ところで神宮くん、話は戻るんだけど、やっぱり私と一緒に組む?せっかくやる気があるのにもったいないよ」
心持ち体を乗り出して遙の顔を覗き込む。
仕事をするペースもフラグ建築士によって様々だが、遙は3級になる前から仕事へのモチベーションが高かった。
仕事が回ってこないことでせっかくのモチベーションが下がってしまうのではもったいない。それに、仕事が少ないからと事務所を移ったり、フラグ建築士を廃業した人たちだって知っている。
こんなに素敵な仕事なのだ。できれば後輩には憂いなく仕事をしてほしい。
(ついでに、神宮くんが他所に移っちゃたら寂しいなという下心もある)
同じ事務所だと今日みたいに偶然会えることもある。遙とは学校も違うのだから偶然会える場所はあればあるだけ嬉しい。
真剣な顔をする舞を見つめて、少し困ったように笑う。
「舞ちゃんの気持ちはありがたいけど大丈夫。俺はできればずっとフラグ建築士を続けていきたいと思ってるから。そのためには、1人で仕事できるようにならないと」
「でも、その仕事が今はないわけだし……」
「目立つ自覚はあるから、仕事が少ないだろうなって覚悟はしてたよ。それでも、俺は俺なりのやり方で仕事をしていけば、きっと自分に向いてる仕事がわかってくると思うし、そういう仕事が集まってくるようになると思うんだ」
いつものように穏やかに、けれど舞と自分自身に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「そうやって、俺にしかできないやり方でフラグを建てて、たくさんの人を幸せにしていきたい。そのための準備期間だと思ってるからできるだけ自分の力でやりたいんだ」
柔らかく、見るものすべてを安心させるような顔で笑う。
舞も思わず肩の力が抜けていた。助けたい、なんとかしたいと焦っていたのは自分の方だったのかとそこで気がつく。
「社長も根気強く仕事探しに付き合ってくれるし、俺ここの事務所に入ってよかったな」
少しおどけるような言い方をするから舞も笑ってしまう。
「神宮くんはさすがだなぁ。考え方が大人だ」
「昔の俺なら焦ってたかも。でも、いつも相手のことを考えて真摯に仕事に向き合う舞ちゃんを見てたからかな。俺も仕事に対する覚悟が決まった」
優しい目で見つめられ、思わず心臓が跳ねる。
「……光栄です」
遙の目が見れない。思わず視線を泳がせる。額にじんわりと汗が滲んだ。
そんな舞を面白がるように、今度は遙が舞との距離を縮める。顔を覗き込まれて、至近距離で目があった。
「舞ちゃんに出会えて、本当に良かった」
甘い響きを多分に含んだ声で囁かれて目の前がクラクラする。
耳も、視界も、心臓も遙でいっぱいだ。破裂しそう。
ピロン
スマホの着信音で我に返る。素早く遙から距離を取り、わざとらしいことを自覚しながらも「ごめんね誰だろう」と言いながらスマホを取り出した。
手が震えてスマホを取り落としそうになりながらなんとかメッセージを表示する。
「誰だった?」
「えっと、咲子。明日の小テストの範囲教えてって」
「舞ちゃんとこ明日小テストあるんだ。じゃあ引き止めちゃってごめんね」
「や、大丈夫。こちらこそ長話しちゃって」
「舞ちゃんと話すの好きだよ。でももう暗いから帰ろうか。送るよ」
舞の分のゴミまでさっさと片付けてニコリと笑う。
(かっこよすぎて内臓口から出そう)
とりあえず内臓を落とさないように手で口を塞いで、おとなしく頷いた。




