ガールズトークとボーイズトーク
「うっわー、小林やるじゃん!」
昼休み、お弁当を食べながら佳奈が大げさに額をペチンと叩く。
西一祭での出来事を嬉々として話し出したのは舞だ。流れに乗って咲子も佳奈に報告をする。
舞たちは今日も教室の真ん中で、クラスの喧騒に溶け込みながら3人で机を囲んでいる。
「連れ去られる咲子ドラマみたいだったよ」
「そんなんもう全校生徒の前でチューくらいしてやればよかったのにね」
「ちょっと佳奈」
怒りながらもどこか照れが滲んでいる咲子は可愛い。恋する乙女が可愛くなる速度は光の如しだ。
「でもそういう派手なことって神宮遙くんとかしそうなイメージだけどね」
「えぇ?神宮くんがやったら学校中大騒ぎにならない?」
「うん、だから『こいつは俺の彼女だから手を出すな』的な」
「ナイス少女漫画ですやん……」
「舞はほんと少女漫画好きだねぇ」
両手で顔を覆って震える舞に咲子が呆れたように声をかける。少女漫画好きが高じて仕事を決めた女を舐めないでいただきたい。
「ていうか、なんで舞は神宮遙くんと付き合ってないの?」
弁当を食べ終え、弁当箱をテキパキと片付けながら佳奈が指差してくる。心底意味がわからないという顔だ。
「なんでと言われましても」
「だって神宮遙くん、舞にだけめっちゃ甘くない?」
「神宮くんは基本誰にでも優しいよ」
「そうだけど!確かにあたしも海でジュース差し出されながら『泳いでる姿すごくかっこいいね』って微笑まれた時は心臓捩じ切られたのかと思ったけど!」
その時のことを思い出したのか佳奈が苦しげに胸を押さえる。
「でも違うじゃん!舞にはなんかこう、優しいだけじゃなくて、甘い!」
「わかる!甘い!」
佳奈と咲子にほぼ睨まれる状況になり、舞がたじろぐ。
「それは私が試験の面倒見てあげたから、特に懐いてくれてるだけじゃないかな」
「ただ懐いてるってだけであの甘さなら罪な男すぎるよ!」
「え、え〜、でもなぁ、さっき佳奈も言ってたけど、神宮くんって派手なシチュエーションが似合う生粋の主人公じゃない?」
心底困ったというように舞が首を傾げる。
「だから、フラグなんて神宮くんが右足踏み出しただけで乱立するわけさ。で、私に甘くみえるのだってそんなたくさんあるフラグの一つ。でも私はさ、神宮くんにはその中でもとびきり輝くフラグを掴み取って欲しいんだよね」
「たとえば?」
咲子はいまいち納得いっていないようで、声に不満が滲み出ている。
「神宮くんクラスだと……海外のやんごとなき立場のお嬢さんとでかい障害を乗り越えた末に結ばれるとか」
「現実味がない!でも絶対ないとは言い切れないのが怖い!」
咲子がバン、と大きな音を立てて机を叩く。周囲の視線が一瞬集まったが、それも興味を持たれる前にすぐに散らばっていった。
視線を集めるのも一瞬が限度、なんて地味な女とフラグを立てている場合じゃない。あの神に愛された存在感に相応しい幸せを掴んで欲しいと思うのはおかしなことだろうか。
「そりゃあ神宮くんだって完璧な人間じゃないけどさ。そんな難しくないフラグ建築士の試験に14回も落ちるし、お手伝いしようとしすぎて鬱陶しい時あるし、興味があるものに集中しすぎて他が疎かになったりするし、意外と人のことからかったりするし……。でも、そういうところ全部ひっくるめたとしても、とんでもない主人公には変わりないと思うんだよね!」
舞の熱弁に、咲子と佳奈がなんとも複雑そうな表情を見せる。くっきりと眉間に刻まれた皺が深い。
「神宮くんのことそんな風に言えるの舞くらいじゃない?」
「これはもう愛だろ」
「あ、愛があるからこそ幸せになって欲しいんじゃん!なんとか面倒をみてやりたい!」
「だから、神宮くんの面倒をみようとするのなんて舞くらいじゃない?」
「それはもう愛だろ」
「話が進まねぇな!?」
「それより佳奈はどうなのさ。ほら、祐希くんとか」
舞が無理やり逸らした話題を佳奈は「ハッ」と鼻で笑い飛ばして一蹴する。
「この前3年のギャルが祐希くんとデートしたって自慢してたの聞いちゃってさ。あたしらは神宮遙くんと連んでるマイルド祐希くんしか知らないけど、基本的にあれは関わっちゃいけない男だよ」
「うーん、いい人、なんだけどねぇ」
申し訳ないと思いつつ理解できてしまった咲子が言葉を濁す。
「ところで咲子は小林くんのことなんて呼んでるの?」
祐希の名前を出した張本人である舞はさらに大胆に話題を逸らした。
▪️ー▪️
「くちっ」
「は?祐希くしゃみかわいいな!?」
「何、亮平くんさっそく浮気?オレ咲ちゃんは裏切れないなぁ」
「祐希、風邪ならうつったら困るからどっか行って」
昼休み、食堂で昼食を取りながら遙が祐希を軽く睨む。
学年関係なく人が集まる食堂は普段なら使わないのだが今日は亮平のリクエストだ。これ以上なくかっこよく告白を決めた友人を学食のカツカレーで祝う。
「いやぁ、どっかで女の子に噂されてんのかな」
「ろくな噂じゃないだろうな」
「祐希はめちゃくちゃいいやつだって知ってるし、咲子と知り合えたのも神宮と祐希のおかげなんだけどさぁ、やっぱ祐希はなるべく咲子に近づいてほしくないもんな。マジ申し訳ないけど」
「普通の感覚だから申し訳なく思わなくていいと思うよ」
「ひどくない?」
祐希に対する遙の塩対応は今日も切れ味鋭く、慣れているとはいえ思わず笑ってしまう。
「神宮はさ、祐希が田中さんに近づくの平気なの?」
「舞ちゃんの視界に他の男が入るだけで嫌」
穏やかに、けれどキッパリと寄越された答えの独占欲の強さに思わずたじろぐ。
亮平からみた遙はいつだって穏やかに微笑んで、みんなに平等で、祐希にだけちょっと厳しくて面白い。だから、さっきの返答はそんな彼のイメージから結構外れている。
「そういうことは付き合ってから言えよ」
ケラケラ笑いながらつっこんでくる祐希に「うるさいな」と返すのはいつもの姿だ。
「え?神宮と田中さんって付き合ってるんじゃないの?」
思わず大きな声が出てしまい、しまったと思った時には遅かった。周囲の人が身を固くしてこちらの話に聞き耳を立てているのが気配でわかる。
遙と祐希は慣れたものだ。
特に気分を害した様子もなく、いつも通りの穏やかさで、でもほんの少しだけはっきりとした声で、遙が答える。
「付き合ってないよ」
それだけで、周囲の空気がホッと緩んだのがわかった。
いつだって、神宮遙の恋人事情は西校の一大関心事だ。
芸能人でもないのに、窮屈だろうなと思う。
去年遙に彼女ができた時も、周囲がしばらく騒がしかったのを覚えている。
亮平はその時遙とあまり絡みはなかったけれど、彼女が超美少女だったということもあってその有名カップルの行動は嫌でも逐一耳に入ってきた。
遊園地に誘われた時には、舞と咲子のどちらかが遙のことが好きなんだろうと思った。
知人程度の関係性の人間に橋渡しを頼まれることは少なくなかったし、今回は中学からの付き合いの佳奈だったからまぁいいかくらいの軽い気持ちで遊園地に行った。
そこで初めて、この男がこんなに甘く笑うのだと知った。
驚いた。
元カノにもこんな風に接していたのだろうか。それは学校中の注目を集めても仕方がないだろう。だって、あまりにも綺麗で目を奪われる。
彼女はとてもいい子で、遙も心から楽しそうで、本当によかったなと思っていた。
「ごめん」
「全然大丈夫。気にしないで」
平然と笑うのは、きっと本当に慣れているからなのだろう。意識して声のボリュームを落とす。
「神宮は田中さんのことが好きなんだと思ってた」
「好きだよ?」
あまりにもあっさりと言われて混乱してしまう。いつも感情の揺れが少ない遙は本心が読みにくい。
「えっ、あっ、えっと、告白とか、しないの?」
「んー、振られたら悲しくない?だから亮平のことすごいなって思ってるよ」
遙に告白されて振る女なんて想像もできない。
全てが揃ったこの男に告白されたら、きっと男の自分でも浮かれてしまうだろう。
「亮平先輩言ってやってよ『ダセェ』って」
面白がるような祐希の態度はいつだって変わらない。
「いやいやダサくはないけど。ちょっとびっくりは、した」
「びっくり?」
カレーの最後の一口をきれいに食べ終えて遙がスプーンを置く。ただ水を飲む姿でさえ絵画のようだから不思議だ。
「告白しない理由が、思ったより普通だったから」
亮平の言葉に、遙がきょとんと首を傾げる。
「男子高校生なんてそんなもんでしょ」
「ていうか遙、自分が舞ちゃんのこと好きって最近まで気付いてなかったんだって。そんなんほぼ赤ちゃんだよね。かーわいい」
「祐希は黙って」
「えっ。じゃあ何がきっかけで気付いたの?」
怒涛の勢いで遥の意外な一面をみて自分でも気付かないうちに舞い上がっていた。高揚したまま、好奇心で前のめりになる。
遙が見せたのは、そんな浮かれた亮平に一気に冷や水を浴びせるような冷涼な微笑だった。
「お前のせいだけどね」
一瞬でサッと血の気が引く。
意味もわからないまま身の危険を感じダラダラと冷や汗を垂らす亮平をみて、祐希がケラケラと笑う。
「亮平に先に彼女ができたからって嫉妬すんなよ」
ケラケラ笑う祐希に頭を撫でられていつものようにその手を払うことなく、いつも通り穏やかに微笑む。
「ごめん間違えた。亮平のおかげだよ」
アイドルのようにきれいに微笑まれても何故か冷や汗は止まらなくて、ただ「はい」と答えることしかできなかった。




