飯田さんと小林くん 3
グラウンドから少し離れた校舎の影。
人影はなく、グラウンドからの歓声が響く。
向かい合った小林くんは少し視線を泳がせてから、意を決したように私に向き合った。
視線がぶつかり、心臓の音がやけに大きく聞こえる。
「突然引っ張って行ってごめん。でも、飯田さんはよく『私なんて』って言うけど、俺から見ればすごくかわいい女の子だって伝えたかった」
「あ……ありがとう」
小林くんも、きっと私も、顔が真っ赤だ。小林くんは頭の後ろを掻いて、また一瞬視線を彷徨わせる。
「まだ片手で足りるくらいしか会ってないけど、飯田さんと一緒にいると楽しいし、これからもっとずっと一緒にいたいって思ってる」
「うん」
「あと、祐希をあんまり近付けたくないな、とも思ってる」
「ふふ」
彼がギュッと拳を握る。呼吸の音がなぜかはっきりと耳に届いた。
「好きなんだ。付き合ってほしい」
ぎゅうと胸が苦しくなって、全身が痺れた。鼻の奥がつんとする。
真剣な表情と真っ直ぐに投げかけてくれる視線。
今この瞬間を、全部、覚えておきたいと強く思った。
「……よろしくお願いします」
声が震えた。でも、ちゃんと目を見て言えた。
小林くんの表情が一気に緩む。嬉しそうな、少し泣きそうな、あたたかい表情。
「よかった……。飯田さん、神宮や祐希と仲良いから、俺じゃ無理かなってちょっと思ってた」
「神宮くんも祐希くんも確かにかっこいいけど、私は小林くんだって負けないくらいかっこいいと思う」
いたって真剣に伝えると、小林くんは驚いたように目を見開いて、それから顔全体で笑ってくれた。
「嬉しいけど、それは評価高すぎじゃない?」
顔を見合わせて笑って、胸がポカポカする。
眉をハの字にした小林くんが、そっと私の手を取った。
「一応体育祭途中だから戻らないと」
「戻ったら、何か言われそうだね?」
あとに続いたお題『好きな人』に掻っ攫われた感はあるけれど、小林くんだってなかなか大胆なことをやらかしている。きっとクラスメイトは小林くんの戻りを今かいまかと待ち構えているだろう。
「いや、揶揄われるのはいいんだ。覚悟してたし。ただ……ちょっと離れがたいかなって」
ギュッと手を握られて、一緒に心臓も握られる。
今日私の心臓は一体何回締め上げられているんだろう。幸せすぎて倒れそう。
「でも戻んないとな。田中さんだって待たせてるだろうし」
思いきるようにパッと手を放し、歩き出す。
そうだ、応援席に舞を1人置いてきてしまった。でも、少し舞に会うのも照れくさい気がする。
「せめて応援席まで送らせて」
にこっと笑ってそんなことを言うから、また心臓がギュッとした。
一般応援席の方に戻ると、少し離れたところに舞と神宮くんと祐希くんが立っていた。
置いてきぼりになった舞を気遣ってくれたのだろうか。
小林くんと2人で近づいていくと、気づいた舞が口を半開きにして棒立ちになった。
あれ?今日ずっとにんまりしてたし、なんなら飛び付いてからかってくるかと思ってた。
代わりに祐希くんがニヤニヤしながら「で?」と声をかけてくる。
「えっと、俺たち、付き合うことになったから」
小林くんが照れたように報告すると、祐希くんが小林くんの肩をがっしりと掴む。
「亮平やるじゃーん。おめでとう。チューしてあげよっか?」
「いらん」
「亮平も咲子ちゃんもおめでとう」
神宮くんがにこにこと笑うと、周囲に花が飛ぶ幻覚が見えた。
「咲ちゃん亮平をよろしくね。とりあえずハグしとく?」
「やめろ」
小林くんが祐希くんを私から離そうとする。なんだか神宮くんとのやりとりみたいで笑ってしまう。
「舞ちゃん?大丈夫?」
神宮くんの心配そうな声でハッとする。
まだ一言も発していない舞が、口を半開きにしたまま迷子のような顔をしてオロオロしていた。
「お、おめでたい。おめでたいんだけどぉ、近くない?2人近くない?いや、出来立てカップルだもんなぁぁぁ」
オロオロする舞に、祐希くんがもたれかかるようにくっつく。そのまま舞の頭をくしゃくしゃっと撫でた。いつもはすぐに引き剥がしにくる神宮くんはなにも言わない。
「わかる。友達取られたみたいで寂しいよねー。オレも複雑ー」
祐希くんに撫でられながら舞の顔がわっと崩れる。泣き出しそうな、笑い出しそうな、赤ちゃんみたいな顔。
「そ、そう!寂しいー!でも嬉しい咲子おめでとうー!」
もたれかかっていた祐希くんを無視して舞が私の胸に飛び込んでくる。
ぎゅうっと抱きしめられて、寂しがられて、祝福してくれて、私の友達はなんてかわいいんだ。
「田中さん、今度新作フラペチーノ飲みに行こうよ。3人で」
舞は私に抱きついたままゆっくりと小林くんの顔を見上げると「ギリ許す」と笑った。
「えー、オレも寂しいから新作フラペチーノ飲みに行こうぜ遙ー」
祐希くんが神宮くんに抱きつき、神宮くんがいつも通り「離れろ」と塩対応。それでもめげずに祐希くんは神宮くんに抱きついている。
「神宮くんに彼女できたら祐希くん凄そうだね」
もし舞と神宮くんが付き合い始めたら、祐希くんと舞で神宮くんの奪い合いになるんじゃないだろうか。
その時は私は全力で舞の味方をする。
「彼女できたらオレだって流石に弁えますよ」
「えー、本当に?」
「確か神宮、1年の時彼女いなかったっけ?」
小林くんの爆弾発言にギョッとする。
慌てて舞を見れば「そりゃあそうだろう」みたいな顔をしていた。いや、確かにこの美貌で今まで彼女がいなかったなんてありえないとは思うけど。
舞の気持ちを思えばやっぱりちょっと複雑だ。
「なんだっけ、ちょっと珍しい名前の可愛い子……。確か、春木小鳥?」
名前からしてメインキャラの風格!
「コトちゃんいい子なんだけど四六時中遙と一緒にいたからなぁ。あの時は流石に遙不足だった」
四六時中一緒に!
「俺の元カノの話はもうよくない?それよりそろそろ戻らないと」
神宮くんの口から出る『元カノ』という単語の破壊力!
次々と繰り出される衝撃に私はダウン寸前だというのに、舞はしれっと私の手を握っている。かわいいけど何考えてんだこの子は。
「舞ちゃんたちは最後まで見ていくの?」
「うんその予定。クラスリレーも見るよ。頑張ってね」
「ありがとう。じゃあ楽しんでいってね」
小林くんたちは行ってしまった。
一般応援席に戻りつつ、舞の様子を伺う。私の視線に気がついた舞は、ふふふと笑って耳に口を寄せてきた。
「春木小鳥って名前からしてメインキャラの風格あるよね」
同じことを考えていたらしい。
「終わったら片付けとかあるみたいだし、小林くんと一緒に帰れなくて残念だねぇ」
もう落ち着いたのか、最初と同じようににんまりしている。
「私は舞の恋を応援したいんだけど」
「彼氏できたら余裕かよ、このこのぉ」
メインキャラの風格溢れる春木小鳥より、モブの風格溢れる田中舞の幸せを望んで何が悪い。私だって舞に彼氏ができたことを喜びながら寂しがりたい。
にんまりしながら私を肘でつついていた舞が急に真面目な顔になる。
「ねぇ咲子、あの人、ちょっとフラグ建ててきていいかな」
「……大人しくしてなさい」
とりあえず、部対抗リレーでは小林くんのことを思い切り応援したい。




