飯田さんと小林くん 2
バレー経験者12人対緩い男子バレー部6人の対決は、12人チームの圧勝で幕を閉じた。
賞品の駄菓子詰め合わせを舞と一緒につまみながら西校の文化祭を見て回る。
神宮くんと祐希くんは流石に目立って色々なところで声をかけられるのだけど、おかげでおこぼれにあずかれるので割と満喫している。
今も舞は神宮くんが貢がれた苺のクレープを美味しくいただいている。哀れ貢いだ女子。
肝心の神宮くんは生徒会の仕事で不在だ。
「あ、祐希ー!フランクフルト食べない?おまけしちゃうよー」
また甘えるような高い声が投げかけられる。きちんとメイクをしたきれいな女の子が、祐希くんに向かって可愛く手を振る。
祐希くんはその女の子に笑顔で手を振り返すと首を傾けてこちらに声をかけてくる。
「咲ちゃん食べる?」
神宮くんもそうだが、祐希くんのこの女子の扱いに慣れている感、だいぶ心臓に悪い。
「うん。食べようかな」
「オッケー。ちょっと待ってて」
声をかけてきた女の子のところへ向かうと、女の子は嬉しそうに祐希くんの腕にぶら下がるように抱きつく。なんて高度なスキンシップ。少し会話をすると、フランクフルトを1本持ってこちらへ戻ってきた。
「はい、どーぞ」
「ありがとう。いくら?」
「おまけしてもらったからだいじょーぶ」
にっこり笑ってお終い。財布に手をかける隙も与えられない。こんな高校生存在して許されるの?
「祐希くんやっぱ恋人3ダースくらいいない?」
苺のクレープを食べながら舞が疑いの目を向ける。
「あの人3年だろ?刺されればいいのに」
チョコバナナクレープの最後のひとかけらを口に放り込んだ小林くんが冗談混じりに笑う。
「2人ともひどくない?」
力の抜けたような笑い方をする祐希くんと目が合う。にこっと微笑まれて、親指で唇の端を拭われた。
「ステージ見に行かない?軽音の友達に観に来いって言われてるんだよね」
祐希くんの指先についたケチャップで、自分が何をされたか理解する。理解はしたが、心は追いつかない。
「少女漫画か!」
そうそれ。激しく同意。
苺のクレープを全部口に放り込んだ舞がなかなかの声量でツッコミを入れながら素早くウエットティッシュを取り出す。さすが舞、ありがとう準備万端の女。
「緊急事態だ。小林くんは常に咲子と祐希くんの間にいてくれないかな。そして祐希くんは咲子に近づかないでいただきたい」
「俺も流石に見過ごせないかな。善処しよう」
「2人ともひどくない?」
小林くんが律儀に私と祐希くんの間に割り込んで隣に立つ。「軽音のステージはどこだい?」と祐希くんの背中を雑に押しながら、舞がちらりと振り返る。口元がにんまりしていた。今日の目的の一つは小林くんを捕まえることだと張り切っていた彼女は、今も現在進行形で張り切っている。
ありがたい、けど、恥ずかしい。
「飯田さん、なんかごめんな?祐希、驚くことにマジであれが素だから」
「あーあははー。いやぁ、祐希くんったら流石に私なんて女の子扱いしてもねぇ?」
「えっ」
「え?」
「あ、いや、神宮がいればもっと神宮にべったりだからマシなんだけど。一応連絡入れとくな」
「そ、そうだねー。人数多い方が楽しいしね」
それから、小林くんは本当にずっと隣にいてくれた。
途中で神宮くんが合流して、祐希くんが神宮くんにべったり抱きついている間も自然と隣にいてくれるから、心の中で転げ回る。
舞は神宮くんが貢がれたたい焼きを食べながらずっとにんまりしていた。
▪️ー▪️
西一祭2日目。
各組の応援旗がはためき、グラウンドには声援が飛び交う。
今日は体育祭の部。晴天に恵まれ、きっと今日もあちこちでフラグが立つのだろう。
今日は神宮くんにも私にも舞にもフラグ建築士としての仕事はない。
本当に純粋に、遊びに来てしまった。
一般の応援席には昨日と同じくらい、女性比率多めのお客さんがいる。
そして舞は終始にんまりしている。
「小林くんが出るのは借り物競争と部活対抗リレーだってさ。借り物競争もうすぐだね」
パンフレットを見ながらご機嫌な舞が歌うように言う。
「……神宮くんと祐希くんは?」
「えっとね、神宮くんはクラス対抗リレーで、祐希くんが男女混合二人三脚とクラス対抗リレー」
舞がスマホで確認しながら教えてくれるが、祐希くんは今まさに頬を赤くしたかわいい女の子と並んで二人三脚の真っ最中なのでせめて見てあげてほしい。
祐希くんのペア決めはさぞ熾烈だっただろう。
『借り物競走に出場する選手は入場門に集合してください』
集合のアナウンスがかかり、一部の生徒がざわざわと動き出す。
まずは女子のレースから始まるらしい。そして舞はやっぱりにんまりしている。
「『背の高い人』だって!神宮くん!」
「待ちなさいよ!私のお題は『黒髪の人』なんだから!遙くん私と来てっ!」
「はぁ?『先生』?神宮くんにテスト範囲教えてもらったことあるから有りだよね!」
神宮くんを借りようとする競争が始まってしまった。
普段はおとなしいらしい西校生もイベントにかこつけて憧れの人と近づきたい気持ちはその辺の女子高生と変わらないらしい。
いつもは他人事として遠くから楽しむ私も、ちょっと彼女たちの気持ちが理解できてしまって居た堪れない。
でも流石に神宮くんは1人しかいないので、困ったように笑いながら神宮くんがお題にぴったりな人を次々と送り込んでいく。誰も選ばないあたりさすが徹底している。
でも、もし舞が神宮くんを借りに行ったら、神宮くんは一緒に来てくれるんじゃないかな。なんて思うのは今の私が恋愛脳だからだろうか。
そんなことを考えていたらいつの間にか男子のレースが始まっていた。
小林くんがお題の紙を開いて、キョロキョロとあたりを見渡す。
何のお題だったのかはわからないけど、借りるのが女の子じゃなければいい。そう思って自分の心の狭さに呆れる。
お題の紙をくしゃっと握りつぶした小林くんは、なぜか一般応援席の方に走ってくる。
え?お題『保護者』だったりする?まさかのご両親登場?
「飯田さん!一緒に来てもらっていい?」
小林くんが真っ直ぐに私に手を伸ばしてくる。
「よしきた任せろ!」
混乱する私をよそになぜか舞が威勢のいい返事をして私の背中を押した。小林くんに手を握られ、訳のわからないままグラウンドを走る。
どこかから囃し立てるような声が聞こえた。それはそうだ。普通に私服の他校の女が走ってるんだから。そりゃあ目立つ。
仕事柄視野は広い方だと思っていたけど、今は小林くんの背中しか見えない。
あっという間にゴールして、小林くんがお題の紙をマイクを握った係の人に渡す。ちゃんとお題に沿ったものを借りてきているか判定するためだ。
渡された紙を見て、係の人が目を丸くする。
『えっ!亮平、これ発表していいやつ!?』
マイク越しに放たれた驚きの声がグラウンドにキーンと反射する。
「マイク通すなバカ。……いいから連れてきたんだけど」
小林くんの返事を聞いて、係の人が高揚したように大きく息を吸い込む。
『お題の内容はぁ!かわいい女の子!』
わっと一斉にグラウンドが沸き立つ。
わけのわからないまま顔が赤くなる。隣の小林くんを見上げれば、小林くんの顔もやっぱり赤くて、小さな声で「……です」と言われた。
ギュッと胸が絞られて、身体が震える。
「……ありがとう、ございます」
なんとか震える小さな声で伝えると「ん」と短い返事が返ってきた。
どうしよう。どうすればいいんだろう。こんなドラマみたいな状況慣れていない。
なんとなく2人して並んで黙っていると、別のお題確認をしていたマイクがまたキーンと音を立てた。
『なんだ今回のレースはぁ!こっちのお題は!好きな人!!』
空が割れるんじゃないかと思った。
生徒たちは立て続けのドラマに興奮が最高潮だ。
興味の対象が新たに移ったことを感じて、情けないけどちょっとホッとする。
私はもう応援席に戻っていいのだろうか。小林くんに確認しようと顔を上げると、後ろからにゅっと生えてきた手が小林くんの肩を掴む。
「りょーへーやるねー。チューしてあげよっか?」
「祐希!?」
「あとやっとくし、行ってもいいよ」
「神宮!?」
にこにこした神宮くんが小林くんの肩を叩く。
「次の出番までに戻ってくればいいんじゃない?戻ってこなかったら俺が亮平のふりして走っとくよ」
「あは、それは無理があると思うけど。サンキューな」
眩しいくらいの笑顔で笑った小林くんが、こちらに振り向く。その真剣な顔に、また顔が赤くなるのを感じた。
「ちょっと、一緒に来てもらってもいい?」
緊張で声が出なくて、黙って頷くことしかできなかった。




