飯田さんと小林くん 1
初対面は遊園地。
特に目立った長所も短所もなくて、ただものすごく優しい。
それは私が想像していた舞にお似合いの彼氏そのもので、まさか運命ってやつだろうかと驚いた。
小林亮平くん。
おおらかで、平凡な男の子。
「小林くん、すごくいい人だったね」
遊園地の帰り道、電車の中でぽつんと呟けば舞と佳奈が勢いよく食いついてくる。
「なに咲子、小林狙い?いいと思う。あいつめっちゃいいやつだよ」
「わかる。すごくいい人だと思う。小林くんなら咲子取られてもギリ許せる」
「ちょっと、いきなりそっちに繋げないでくれる?いい人だったねって言っただけじゃん」
「いやいや、神宮遙くんや祐希くんもいたのに小林が気になる時点でもうそれはアレさ」
佳奈が大袈裟なジェスチャーで首を振ってみせる。
「いや、でも、小林くんって舞みたいなタイプの方が似合いそうじゃない?」
どう考えても、面倒見のいい舞とおおらかな小林くんが並んでいる様子の方がしっくりくる。少し、悔しいくらいに。
「え。確かに自分でも小林くんと並んだら背景溶け込み具合半端ないとは思うけど。それとこれとは別じゃない?」
「ていうか舞は神宮遙くんでしょ?」
「ずっと思ってたんだけど、なんで佳奈は神宮くんフルネーム呼びなの?」
舞と佳奈の会話を聞きながら、街の明かりが流れていく車窓をぼんやりと眺めていた。
▪️ー▪️
8月、舞の計らいで遊園地の時と同じメンバーで海にいくことになった。
いつも通り綿密な計画を立てた舞は神宮くんさえ置き去りにしてあっという間に目的を達成する。さりげなさすぎて、私でさえいつの間に仕事をしていたのか分からなかった。
「俺もしかして全然役に立ってない?」
「いやいや、女子高生1人で海水浴しないから。いてくれるだけで助かってるよ」
そんな風に神宮くんを宥める姿は、結構いいコンビなのかもしれない。
舞は神宮くんを宥めつつ報告書を作成しているし、佳奈はガチ泳ぎをしているし、ちょっと飲み物でも買ってこようかな。
1人海の家へと歩いていると、なんかチャラチャラした男2人組が声をかけてきた。
「ねぇキミ1人ならさ、オレたちと遊ばない?」
(げっ、誰でもいい手合いか)
正直ナンパなんてされたことがない。派手でかわいい子たちと違って、こちとら部活中心、女の子とばかりつるんできたのだから。
「いえ、友達と来てるんで」
「じゃあおトモダチも一緒にさ」
残念ながらその友達の中にはお前らが裸足で逃げ出す超絶美形が混じっているけどな。水着姿を披露された時にはその美貌に心臓発作で倒れるかと思った。泳ぐ前の準備運動をしていなかったら多分倒れてた。
「ねぇねぇ、無視しないでよ寂しいなぁ」
(しつこい)
こいつらをみんなの所へ連れて行って神宮くんの美貌を見せつけてやってもいいのだけれど、最悪こいつらが神宮くんに興奮して襲いかかる恐れもある。水着姿の神宮くんにはどこかそんな色気がある。
(仕方ない。撒くか)
一応運動部なのでナンパ程度なら振り切れる自信がある。少し足に力を込めた瞬間だった。
「飯田さん」
後ろから声がかかる。振り返ると、小林くんが走って近づいてくる。
「買い物なら一緒に行くよ」
小林くんの登場にナンパ男たちは「なんだ男連れかよ」なんてテンプレなセリフを残してさっさと離れていく。
そんな男たちの後ろ姿を見て、小林くんはほっと胸を撫で下ろす。
「あー、びびった。すぐに諦めてくれてよかったね」
「ありがとう助かった。いやぁ、まさか私なんかがナンパされるなんて、よっぽど暇そうに見えたんだねぇ」
「女の子なんだから、危ないよ。どっか行く時は誰かに声かけな」
「……あ、うん。そうする」
頬が熱い。
小林くんに女の子扱いされるだけでこんなに嬉しい。
会ったばかりの人だけど。
(やっぱ好きなんだなぁ)
ジュースを買って皆の元に戻ると、神宮くんが舞たちに三方を囲まれて困っていた。
ついでに、舞と佳奈はニヤニヤしながら私の方を見ていた。
▪️ー▪️
夏休み中でも部活はある。
ジージーと声を張り上げるセミを鬱陶しく思いながら、部活帰り佳奈と街へ出ていた。
制汗シートとスプレーを駆使してきれいさっぱり拭い切ったはずの汗があっという間に前髪を濡らす。
「ちょっとアレ小林じゃない?おーい、小林!」
止める間もなくあげられた佳奈の声はしっかりと届いたらしい。周囲より頭ひとつ分くらい高い短髪が振り返る。
「森田。と、飯田さん。部活?」
「そう部活。そっちは?」
「こっちは登校日。授業あった」
「げっ!夏休み中も授業あんの?さすが西校」
「2人はなんでここにいるの?」
「予約してたCD取りに来たの。初回特装版!あ、私ささっと受け取ってくるから咲子は小林とこの辺で待っとく?」
「は!?」
突然のキラーパス。応援はありがたいけど流石に無理があるだろう。
「俺は用事ないから別にいいけど」
小林くんはいいやつすぎるよね気をつけて。
舞が仕事の相棒にスカウトしようと思ってたらしいけど、きっと優秀な相棒になったことだろう。
「じゃあそこのビルの1階のコーヒーショップで待っててよ。CDショップそこの6階なんだ」
「ん。飯田さんも大丈夫?」
「え、あ、うん。大丈夫大丈夫」
「じゃ、ささっと行ってくるから!ささっと!」
バチコーンと音がしそうなウインクを寄越して佳奈がエスカレーターの方角へと消えていく。気にしていないのかどうでもいいのか、小林くんは「暑いし、行こうか」と素直に指定されたコーヒーショップへと足を向けた。
汗で張り付いた前髪が気になる。悪あがきと知りつつ少しだけ手櫛で整えて、小林くんの後ろを追った。
私は冷たいカフェラテ、小林くんは新作フラペチーノ。オレンジと白の夏らしい色のそれを小林くんは満足そうに吸い込んだ。
「小林くん甘党?」
「うん、割と」
「そうなんだ。舞も結構甘党で、それも飲みたいって言ってた気がする」
「田中さん?そうなんだ。じゃあ美味しいよって言っといて」
舞と小林くんが並んでフラペチーノを吸い込む光景を想像する。
だいぶ癒された。
「伝えとく。ていうか、佳奈が突然ごめんね」
「別に気にしなくていいよ。どうせここの新作は近々飲みにこようと思ってたから。東校は夏休み中も結構部活?」
「週3くらいかな。遅くまでやるわけでもないし、結構緩いよ。西校は部活ないの?」
「うちのバレー部もっと緩いから。授業と文化祭準備の方が多いかも」
顔全体で笑うような笑顔にキュンとする。シロップを入れていないはずのカフェラテが、やけに甘く感じた。
「忙しそうだけど、これから遊びに行ったりするの?もうすぐ花火大会あるよね」
ちょうど今日佳奈と花火大会の話をしていた。舞は仕事が入っているみたいだからバレー部のみんなで行こうかって。佳奈がニヤニヤしながら「誰とは言わないけど、誘わないのぉ?」って。だからってわけじゃないけど、まぁ、なんというか、一応?念の為?
「あぁ、花火大会はクラスの奴らと行く予定」
「祐希くんとか?」
「うん。神宮は来ないらしいけど祐希がいるから女子も来るんじゃないかな。結構大所帯」
「あ……あー、さすが祐希くん」
胸の辺りがモヤモヤする。きっと浴衣で着飾ったかわいい女の子がたくさん来るんだろう。その中に、小林くん目当ての女子がいないとは限らない。だって、こんなに優しくてかっこいい人、好きになっちゃうでしょ。
(ん?……かっこいい?)
確かに小林くんはバレー部だけあって背が高いし、スポーツマンらしい短髪もよく似合ってる。けれど、神宮くんや祐希くんのように華やかで目立つ顔立ちをしているかというとそうでもない。
どちらかというと平凡な、特徴のない顔だ。
(でも、かっこよく見えるんだぁぁぁぁぁ)
恋する乙女全開の思考に思わず突っ伏しそうになる。
いっそ舞にフラグを建ててもらいたい。こんな時のためのフラグ建築士じゃないのか。
「なんか森田遅くない?」
「そうだね!呼び出そう!すぐに!」
とりあえず祐希くんをちょっと恨みつつ、ヤケクソで佳奈の番号を呼び出した。




