花火大会はフラグ大会 2
「……え?」
舞の声に反応して遙が視線を向ける。
「どうしたの?」
「あ、えっと」
先ほど着たメッセージを遙に見せる。
「ターゲット、フラグ立ったので今日のお仕事は中止、だって」
システムから配信されたメッセージには時刻とフラグ成立の旨が簡潔に示されていた。
「こういうの、よくあるの?」
「たまに。フラグってちょっとしたきっかけだからね。特に今日みたいな日はきっかけだらけだし」
事務所にもこの連絡は行っているはずだ。以上で舞の仕事は終了。無事にフラグが立ったことは喜ばしいが、見届けたかったという悔しさも少しだけある。
(用事が……済んでしまった)
元は花火が上がる直前にターゲットと接触するはずだったがその必要は無くなった。
(え?これ、この後どうするべき?)
直前まで現場にいるのだから仕事後はついでに花火を見て帰ろうかという話はしていたが、もう現場にいる必要はない。ターゲットを探す時間を考えて早めに来ていたので花火までは後1時間ほど時間がある。今から引き返せば空いた電車に乗れそうだ。
(で、でもなぁ、せっかく浴衣着たしなぁ)
正直、遙と花火を見たい。今日も偶然遭遇したがっているであろう女の子たちには申し訳ないが、こっちだってこんなチャンスはまたとない。
「じゃあもうちょっとゆっくりできるね」
「……ん?」
「ターゲット探す必要無くなったし、ご飯食べてから花火の場所とりしよっか」
「いいの?」
「なにが?」
「よ、予定とか?」
「元から舞ちゃんと花火見る予定だったよね?」
「そ、そうですね」
「なに食べたい?」
「……たこ焼き」
「いいね。俺も好き」
いつも通り穏やかに笑うから「そうか、いいのか」と思ってしまう。こちらに「申し訳ない」という気持ちを起こさせないというのも遙の才能だろうか。
(優しいんだな。だから全部、許されるような気がしちゃう)
舞より高い位置にある顔を見上げれば、屋台の灯りに照らされた遙が輝いて見える。
(この人……こんなに女甘やかしてたら、自称彼女が2ダースくらいいるのでは?)
「はい、たこ焼……どしたの?」
いつの間にか顔面のパーツが全部中心に寄るような酷い顔をしていたようで、遙が恐る恐るといった様子でたこ焼きを渡してきた。熱々のたこ焼きからソースのいい匂いが漂ってくる。
「神宮くん、覚えのない彼女に気をつけてね」
「うん?」
丸いたこ焼きを慎重に頬張ると、やっぱりとんでもなく熱かった。
適度にお腹も満たし、花火の時間も迫ってきた。
2人並んで座れるくらいのスペースはすぐに見つかり、腰を下ろして花火を待つ。混んでいるので肩が触れ合うくらいの距離になってしまうのが舞を落ち着かない気持ちにさせる。
(これが少女漫画なら学校の友達に会うんだよなー。そしてクラスの女の子にベタベタされる男の子を見てヒロインが逃げ去る。人混みの中浴衣でダッシュも少女漫画なら許される)
「あれ、遙じゃーん」
(学校の友達来たー!)
「げっ祐希」
明るい茶髪が夜の中でふわふわと泳ぐ。軽やかな足取りで近づいてくると祐希は遙の隣に遠慮なく座り込んだ。
「あ、舞ちゃんもいる。浴衣かわいーね」
「あ、ありがとう」
(この人たち女の子に簡単にかわいいって言い過ぎじゃなかろうか)
「例のフラグ?これから働くの?」
「ううん。もう立っちゃって。ただ花火見るだけ」
「そーなん?オレら友達と来てるけど一緒に見る?女の子もいるよ」
ニコニコしている祐希が完全な善意で誘ってくれているのはわかる。しかしモブとして清く正しく狭い交友関係で生きてきた舞にとって、突然他校の集団に混じるのはハードルが高すぎる。
(そして私は人混みの中浴衣でダッシュできる気がしない。空気になってやり過ごす道しかない。それならかなり得意)
遙が友人と合流したいのならそれを止める気もない。意見を聞くつもりで遙の方を見ると、遙のチョップが祐希の頭に落ちたところだった。
「痛っ!なにごと?」
「祐希はあんまり舞ちゃん見ないで。減るから」
「何も減らねぇよ。舞ちゃん大丈夫?こいつ心狭すぎない?」
祐希が助けを求めるように近づいてこようとするが遙に阻まれる。
「もー。もしかして舞ちゃん肩身狭いかもとか気にしてる?亮平もいるよ」
「小林くんいるのか」
思わずポツリと声が溢れる。グループで来ているようだが、高校生にとって異性と花火大会というのは一大イベントではなかろうか。うっかりバイトに駆り出さなくてよかったと胸を撫で下ろす。
「行かない」
意外なほど強い声が響く。祐希に対する遙はいつも塩対応だが、淡々としているのであまり強い声を使うことはない。
「俺のために浴衣着た舞ちゃん、他のやつに見せる気ないから」
(確かに神宮くんのリクエストだったけど、その言い方はちょっと……)
独占されているみたいで、ドキドキしてしまう。
目を丸くして呆けた祐希の口角が、少しの間をおいてゆっくりと上がる。
にんまりと笑った祐希は、あっさりと立ち上がった。
「オレはもう見ちゃったけどねー」
「頭ぶつけて忘れろ」
「この人ほんとひどくない?舞ちゃんバイバイ。また遊ぼーね」
「あ、うん。バイバイ」
現れた時と同じくらい軽やかな足取りで去っていく祐希の姿はすぐに人混みに紛れてしまう。嵐のような、というか風のような男だ。
「勝手に断っちゃってごめんね」
「あっ全然。私知らない人多いと緊張しちゃうから正直助かった」
「亮平は?」
「小林くん?あぁ、バイト誘わなくてよかったよね。青春の邪魔するところだった」
「……そっか」
こうして安心したように笑うから、すべてがどうでもよくなってしまう。この笑顔を見たら、もし腹を包丁で刺されたとしても「まぁいっか」と許してしまうかもしれない。なんて魔性の男。
「それにしても祐希くん、この人混みの中でよく神宮くん見つけれたね」
「あー、めざといね」
「やっぱり愛の成せる技かな」
「いや、自分で言いたくないけど俺目立つ方だからじゃない?」
祐希相手にしか見せないぞんざいな態度が可愛くて、ニマニマしながら遙の顔を覗き込むと不服そうな顔をされた。少し頬が赤く見えるのは照れているからだろうか。
(祐希くん、罪な男だな)
老若男女問わず穏やかでスマートな対応をする遙にこんな顔をさせるのは祐希くらいだ。
「もう。花火見てなよ」
頬に触れられ無理やり空を見上げさせられる。
ちょうどそのタイミングで、大きな1発目が上がった。周りからわぁっと歓声が上がる。
「祐希くん、ちゃんとお友達のところに戻れたかなぁ」
「もう祐希の名前出すの禁止ね」
間髪入れずに返ってきた返答に、思わず笑ってしまった。




