とんでもない主人公きた
フラグ建築士、それは人々にスムーズにフラグを立てることを使命とした仕事である。
国家資格としてきちんと管理されている。
民間のフラグ建築事務所も多く見られ、大手事務所に所属して成果を上げれば同年代の平均年収を軽く上回ることも夢ではない。
多様性が叫ばれる昨今、政府は『人類皆自分の人生の主人公』を謳い、人々の生活の充実度を上げるための様々な施策が行われた。
癒着、中抜き、ピンハネ、賄賂、様々な問題も同時に吹き出し、多くの施策が現れたり消えたりの激動の時代の中で、フラグ建築士はゆっくりと人々の生活に定着した。
ここで注意したいのは、フラグ建築士が立てるのは自分のフラグではない。彼らはあくまでもモブであり、世界の背景。
フラグ建築士は、世界の主人公にフラグを立てていく誇り高き職人なのだ。
「不良、カツアゲ始めた。3人グループ」
田中舞はそんなフラグ建築士の一員である。
偏差値も平均的なごく普通の公立高校に通う2年生。
黒い髪をボブにし、特徴のない地味目の顔にはメイクひとつ施されていない。制服を着崩すこともなく、だからといって特別暗いわけでもなく、クラスカーストの真ん中あたりに苦労もなく収まっている。
舞はそんな自分の立ち位置をとても気に入っていた。
(なんたって背景に溶け込みやすい。モブ、それすなわちフラグ職人!)
心中で気合いを入れながら今日の仕事場である放課後のゲームセンターでターゲットを待つ。カツアゲされている気の弱そうな男子のためにもターゲットが早くきてくれることを祈る。
隣にはフラグ建築士仲間の飯田咲子がいる。女子高生が1人でゲームセンターにいるとうまく背景に溶け込めない。そのため、仲間とタッグを組んでの仕事は多い。
今回のターゲットは強面男子高校生とお嬢様女子高生だ。
この2人は世界の主人公たるポテンシャルを持ちながら、未だ決定的な接触を果たせずにいる。心根が優しい強面と純粋お嬢様の組み合わせなんて、世界に光がさす未来が約束されている。
「ターゲット強面来た!不良と接触したよ」
強面男子高校生が不良と喧嘩を始める。素早く野次馬の中に陣取り、人混み構成員の一員となる。一見して不穏だが彼はカツアゲされていた少年を助けているのだ。いいやつ。
そこに通りかかるお嬢様女子高生。
さて、運命を演出させてもらおう。
「見て、喧嘩かな。怖いね」
「あの人、有名な不良じゃない?やっぱり噂通りだね」
声をひそめつつ、きちんとお嬢様に聞こえる音量をキープするのがコツだ。
彼は人助けをしているわけだが申し訳ない。この後幸せになれよという気持ちを込めて、舞と咲子は眉を顰めて喧嘩を見守る。
2人の視線に釣られるように、お嬢様が視線を向けた。
カツアゲをしていた不良は情けない捨て台詞を残して退場していく。
いざこざが収まると周りの野次馬たちも安心したように解散し始めた。そんな人の流れの中で、お嬢様は強面がカツアゲされていた少年を助ける姿を、確かに見つけた。
少しだけ驚いたように目を見開き、去っていく強面の後ろ姿をしばらく見つめるお嬢様の姿を確認してから舞と咲子もその場を離れた。
ミッション完了。
「あの2人絶対に付き合うでしょ。いい仕事したわ」
ゲームセンターから少し離れたファストフード店内。咲子がポニーテールを揺らしてガッツポーズを作る。
「本当だね。2人揃ったビジュアル最高。他校だけどまた担当したーい」
舞もコーラを飲みながら所属事務所に送る報告書をタプタプとスマホに打ち込む。
送信完了。清々しい気持ちで残りのコーラを飲み干した。
「いやぁ、まだまだ工程残してるけどさ。あとどこで関われる?」
「うーん、彼女ともう喧嘩はしないと約束した彼が不良に連れていかれるところを目撃するとか?」
「いいねぇ。佳境だ」
「でもまぁ、いい人っぽかったからね。本当はそんな状況にならないのが一番さ」
「我々はフラグを立てるサポートをするだけで、物語を創るわけではない!ってね」
「咲子、社長のモノマネうますぎんか?」
「んっふふ。特技」
「履歴書に書いとけ」
適度な充足感と気の置けない友人との会話。この時間は何物にも変え難い。
ふと、店内の空気が変わった。
ざわっという効果音と顔を赤らめてヒソヒソと交わされる女性たちの弾む声。
いつもはこの空気を作る側の舞は何事かと咲子に視線を送る。
さっと見渡した店内にフラグ建築士らしき姿はない。しかしフラグ建築士がいなくても世の中にフラグは自然と立つ。
これは自然発生と素早く判断した2人は騒ぎの元へと視線を向けた。
そして息を呑む。
そこには、主人公がいた。
神様が丹精込めて作り上げたに違いない。そんな絶妙のバランスで成り立つ造形美。
モデル顔負けのスタイル。上品かつ華のある顔はどの時代の人間が見たって目を奪われるだろう。艶々と輝く黒髪が明らかに神様の作画コストを上げている。最新型モニターで大写しにされても毛穴ひとつ見つかりそうもない滑らかな肌が、ファストフード店の白い照明を反射して、彼は立っていた。
「……とんでもない主人公きた」
「……あれは行動全てがフラグになるレベル」
あまりの美で殴りつけられ、舞は圧倒されていた。
あの人は、きっとフラグ建築士なんて必要としない。右手を上げれば女が笑い、一歩歩けば男が惚れる。周囲が、世界が彼を放っておくなんてできないはずだ。
そんな世界の主人公と、目が合った。
目が合う?そんなバカな。こちとらプロのモブだぞ。
しかも近づいてくる?目の錯覚か?
舞が混乱している間に、造形美が目の前に立った。
眉を下げ、はにかむような笑みを見せて首を傾けた。
なんだかいい匂いがする。
「あの……」
声までいい。厳選された声帯。神よ気合い入りすぎだ。
「もしかして、フラグ建築士の方ですか?」
そのあまりの美しさに、舞はコーラが入っていたカップを握りつぶすことしかできなかった。