花火大会はフラグ大会 1
「俺頑張るから、夏休みはたくさんデートしようね」
この「たくさん」という言葉、結局何回くらいが適正値なのだろうか。
結局、遙と舞の予定があったのは夏休み中3回だった。
さすが有名進学校だけあって西校は夏休み中も登校日という名目で授業があるらしい。それに加えて塾の夏期講習、生徒会の活動、家族との用事も加えれば遙はなかなか忙しい夏休みを送っている。
(まぁ急な話だったから仕方ないんだけど)
遙が生徒会に所属していると聞いた時には納得しすぎて驚きもしなかったが、夏休み中も授業があるというのは驚いた。夏休みに入ってから週4の頻度でフラグを建てまくっている舞には想像もできない世界だ。
(そもそも他校の人間と夏休み中3回会うのって多い方だよね)
遙の勉強を見ている時にはほぼ毎週のように会うか通話するかしていたので感覚が麻痺しているのかもしれない。
1回目は夏休みに入ってすぐ、7月の終わりだった。
水族館で「あっちにくらげの展示があるんだって」と言うお仕事。ぎくしゃくした2人がくらげの展示の美しさに感動してあっという間に打ち解けた時には思わずニヤリとしてしまった。
気合い十分の遙が「カップルっぽく見えた方がいいよね」と言ってやたらと距離を詰めてくるから心臓を宥めるのに苦労したが。
2回目は8月上旬。
海水浴場で浮き輪で浮く女の子にぶつかるお仕事。女の子がうまい具合に男の子にぶつかるように力加減に細心の注意を払った。
せっかくの遠出なので遊園地の時と同じメンバーを誘ったが、遙がやたらと舞の日焼けを気にして自分のパーカーを着せてくるので無防備な遙を5人で囲んで隠すというフォーメーションが大活躍した。
そして3回目は8月下旬の今日。
もうすぐ夏休みも終わるという頃に開催される花火大会。フラグ大会と言い換えてもいいだろう。この日この会場で立つフラグは普段の比ではない。
花火大会会場の最寄駅で遙と待ち合わせをしているが、お祭りに行くのであろう人々ですでに駅は混み始め、空気はどこか華やかだ。
空を見上げる。浅い夜に浮かぶ薄い月。
まだまだ気温が下がりきらない熱が足元に溜まっている気がする。いい夏の夜だ。
「舞ちゃん。ごめんねお待たせ」
改札を出た遙はまっすぐに舞に近付いてくる。シンプルなTシャツとチノパンという服装だが、それでもやっぱり周囲の視線が集められるくらいには格好いい。
じっとりした夏の夜なのに、ここだけなぜか涼やかだ。
遙は舞を見て嬉しそうにニコニコとしている。
「やっぱり浴衣似合うね。すごく可愛い」
「……ありがとう」
『舞ちゃんが着ないなら俺が浴衣着るから』
そう言って脅されたのは電話で花火大会の仕事説明をしている時だった。
遙の浴衣なんて神からのご褒美。その色気ある姿を想像するだけで人類がひれ伏すレベルだ。
つまり、モブになるには邪魔すぎる。
ただでさえ神造形の顔面と彫刻として後世に残るべきスタイルの良さというハンデを抱えているのだ。色気を放つモブなんぞいるか。
仕事であることは重々承知の上でこんなわがままを言って申し訳ない。見習いの身でありながら先輩にお願いすることではないこともわかっている。しかし浴衣というアイテムは背景に溶け込むのに決して邪魔にはならないのではないだろうか。
などと理路整然とお願いされて折れないわけがない。なにしろ舞は遙に甘い。
それに遙が着ればたちまち大騒ぎだが、舞が着たところで仕事には何の影響もない。
きっと遙のことだから「かわいい」と褒めてくれるだろうという下心を抱きつつ、いそいそと母親に着付けをしてもらった。
▪️ー▪️
「髪型もかわいいね。器用だなぁ」
「……ありがとう」
「あ、爪も塗ってる?かわいい」
「うん……」
「鼻緒と巾着が同じ柄になってるね。すごくかわいい」
「……じ、神宮くん」
「ん?なに?」
そんな甘い声で「なに?」と言ったって負けないぞ。
遙は待ち合わせの駅から花火大会の会場に着くまでひたすら舞のことを褒めちぎっている。いくら何でもサービス過剰だ。なんか汗出てきたし。
花火まではまだ時間があるが、会場は多くの屋台で賑わっている。
賑やかな会場には、浴衣を着た女性も多く華やかだ。
「大変恥ずかしいので、あまり褒めないでいただきたく……」
「んー、でも舞ちゃんかわいいからなぁ」
「浴衣がお好きなら周りにいくらでもいるわけだし!?」
「別に浴衣が好きなわけじゃないよ」
「えっ、あのゴリ押しで?」
全力で疑いの表情を見せる舞を見てくすりと笑い、自然と手を取ってゆっくりと歩き始める。
「舞ちゃんが俺のわがまま聞いて、俺のために着て来てくれたのが嬉しいんだよ」
「……そんなことで?」
「うん。俺基本的に花火大会って男友達と来てたし。たまに会場で偶然クラスの女の子たちと合流することもあったけど。今日は舞ちゃんと待ち合わせして、舞ちゃんが俺のために浴衣着てくれたわけじゃん?そんなん、男は嬉しいに決まってるよね」
(いや、その「偶然」合流した女の子たちは神宮くんのために浴衣着てたと思うけど)
「あ、でも仕事ってことはちゃんとわかってるからね。流れもちゃんと頭に入れてきた」
「あ、はい。流石です」
「なんで敬語?」
遙はくすっと笑うと「先になにか食べる?」と屋台を見渡す。
さりげなく繋がれた手も、歩きにくい浴衣に合わせてくれる歩幅も、人通りが多い方を歩いてくれる気遣いも、全てが舞の心臓をぎゅうぎゅう締め付ける。
(これ私花火打ち上げとともに死ぬんじゃなかろうか)
人混みで遙が囲まれてしまった場合1人で守れるだろうかという心配もしていたが、みんなお祭りを楽しむことに忙しいのか思っていたほどナンパもない。いざとなれば魔法少女のお面をかけさせようと思っていたのに出番はなさそうだ。
これじゃあ普通のデートだ。
(仕事だぞ!止まれ心臓!)
少し落ち着くために今日のターゲット情報でも見直そう。そう思ってスマホを取り出した瞬間、メッセージが届いた。システムからの配信だ。
着信をタップしてメッセージを読む。
「……え?」




