遊園地1
どうして来ちゃったんだろう。
目の前で、彼と彼の幼馴染が肩を寄せ合って笑っている。
「次はこっちのジェットコースター行こうよ」
「さっきも絶叫系だっただろ」
「なぁにぃ、もうへばった?」
「いやいや、もう6連続で絶叫系だからな?他のやつのことも考えろ」
彼の言葉に幼馴染の彼女はハッとした顔でこっちを見る。長いまつ毛に縁取られたビー玉のような瞳にドキッとした。
「ゆうちゃんごめん。もしかして疲れた?」
ハの字になった眉、顔中で表された申し訳なさ、彼女の可愛さに比べると私はなんて可愛げがないんだろう。
「えっと……確かにちょっと疲れたかも。私のことはいいからさ、みんなでジェットコースター行ってきなよ」
「え、そんなのいいよ。みんなで休憩しよ。あっちに座れるとことあったよ」
なんでこんなにもいい子なんだろう。やめてほしい。これ以上惨めな気持ちになりたくない。
「大丈夫だから気にしないで。私は飲み物でも買ってくるね」
居た堪れない気持ちになって走り出す。
最悪。せっかく彼と遊園地に来れたのに。
入場ゲートを潜った時の浮かれた気持ちはすっかり萎んでしまった。視界が涙でぼやける。
ドンっ
「すみません」
誰かにぶつかってしまい、体勢が崩れる。
(あ、こける)
ギュッと目を瞑って衝撃を待つ私の腕を、大きな手がぐいと掴んだ。
しっかりと体が支えられ、驚いて手の先に視線を移す。
「ゆう。走ったら、危ないから」
走って追いかけてきてくれたのだろうか、少し息を弾ませて私の体を支えてくれていたのは、彼の親友だった。
「舞、大丈夫?」
「任せろ。フラグが建った気配がした」
「そらよかった」
突然走ってきた女の子にぶつかられ、しかもぶつかってきた女の子の方が倒れそうになったのを助けようと伸ばした手をそっと引っ込める。ちなみに舞は少しよろけて隣の猫耳カチューシャをつけた咲子に肩がぶつかる程度で済んだ。
休みの日にまでフラグを建ててしまった。しかも仕事に関係なく。
「舞ちゃん、なんかあった?」
前を歩いていた浮かれたサングラスをかけた遙が振り返る。
「や、なんでもない」
期末試験も終わった7月の土曜日、舞たちは遙の資格試験合格祝いの名目で遊園地に来ていた。
ちなみに発案者は、恐ろしいほどの行動力を発揮した森田佳奈だ。
「あ、今ならジェットコースターの待ち時間少なそう」
『協力するからみんなで遊ぼう』を直ちに実行に移した佳奈はうさ耳カチューシャをぴこぴこさせながらパークマップを見ている。
「いいね。じゃあジェットコースター行こっか」
猫耳付きの帽子を被った祐希が遙の肩に腕を回す。
「みんなジェットコースター平気?」
佳奈の知り合いだという小林亮平がうさぎのぬいぐるみカチューシャをつけてみんなを気遣う。
舞と咲子は今回遊園地の入場ゲートで亮平と初めて会った。遙と祐希とは同じクラスらしい。
亮平は遙や祐希のように目立つ容姿ではないけれど、いつもニコニコしていて親しみやすい。
佳奈曰く「目立った長所も短所もないけれどとにかく優しくて良いやつ」らしい。それを聞いた咲子はなぜか「登場早くない?」と頭を抱えていた。
「大丈夫。ジェットコースター行こうよ」
「オッケー。えっと、こっちみたい」
マップを見ている佳奈が前に出る。咲子も佳奈と一緒にマップを見ながら前へ行くと、入れ替わるように亮平が舞の隣に並んだ。
「田中さん、カチューシャ後ろにズレてるよ」
「あ、さっき人にぶつかったからかも。ありがとう」
舞はくま耳がついたカチューシャを手探りでなおす。パーク入場と同時にみんなでカチューシャを購入した。遙だけ浮かれたサングラスなのは、少しでも顔を隠す作戦でもある。
遙も祐希も距離の詰め方が極端だったせいか、亮平の距離感に少しホッとする。こんなことを言っては失礼に当たるかもしれないが、自分と同じ匂いがするのだ。
「小林くんと佳奈って何繋がり?」
「中学一緒で。バレー部」
「小林くん背高いもんね。今もバレー部?」
「うん。西校のバレー部あんまり強くないけどね」
「えー、めっちゃ頭のいいバレーしそうだけどねぇ」
「あはは、頭のいいバレー」
顔全体で笑うような亮平の笑い方にはとても好感が持てる。きっと彼のことを嫌いな人間なんてそうそういないだろう。目立ちすぎず違和感なく周囲に溶け込むこの才能。遙よりよほどフラグ建築士に向いているかもしれない。
「ところで、今日って神宮の合格祝いって聞いてるんだけど、あいつ何に合格したの?」
「えっと、フラグ建築士っていう資格試験」
「へー、聞いたことある気がする。確か割と新しい資格だよね。期末テストもあったのにすごいなぁ」
「ごめん、今日のこと、もしかして佳奈が無理言った?」
感心したように遙の背中を見ていた亮平がきょとんとした顔で舞の方に視線を向ける。
「あ、別に平気。神宮と祐希と同じクラスだと結構協力しろって言われること多いから慣れてるし、嫌なら断るよ」
どこか申し訳なさそうな舞の表情を見て、ヘラリと笑う。
「今回は、森田は結構いいやつって知ってるし、神宮と田中さんたちが既に知り合いってのも聞いてたから、人数合わせくらいならまぁいいかなって。俺でかい割に邪魔にならないって評判だから」
その笑顔に思わず見惚れる。
誰からも好かれる人柄、大らかな笑顔、優しい性格、何より自分のモブ具合に自虐的な要素が一切見られないところが素晴らしい。
仕事をこなす際に異性の相棒を頼める存在がいればいいと思ったことは一度や二度ではない。
もちろん事務所の先輩に頼むこともできるが、ちょうど同年代の男性フラグ建築士がいないのだ。いくらフラグ建築士は背景とはいえ、ディティールにはこだわりたい。
その点、亮平なら理想的だ。フラグ建築士自体には興味がなくても単発バイトとして相棒を頼めないだろうか。
舞が真剣に亮平の勧誘を検討していると、咲子が慌てたように舞の腕に絡んできた。
「待って待って、もうちょい考える時間を頂戴」
「は?」
「いやぁ、小林くんに西校バレー部について聞きたくてさぁ。てなわけで、場所交代ね」
わけのわからないまま咲子に押し出され、自然と遙の隣に並ぶ。
遙は隣にきた舞に気づくと、柔らかく笑った。
「ジェットコースター、20分待ちだって」
「……神宮くんは、その浮かれたサングラスも着こなすね」
「ふふ。それ褒めてる?」
「褒めているさ」
「舞ちゃんもくまの耳似合ってるよ。かわいい」
浮かれたサングラスをした人間に言われても、やっぱりときめいてしまう。
「買った時にも聞きました。もういいよ」
「何回見てもかわいいから、何回言ってもいいんじゃない?」
これは流石に、致死量だ。
心臓が苦しい。顔だけに留まらず、どこまで赤くなっているのか考えるのも恐ろしい。
これを素でやっているのか生粋の主人公神宮遙。
ちょっと今日は非日常的なこのシチュエーションが特によろしくない。
けれど前後左右どこを向いてもポップで可愛い遊園地、舞はゆっくりと青い空を仰いだ。




