田中舞は考える
「で?家に帰って17巻読んだ感想を送ったら盛り上がって通話に切り替わり、そのまま夜中まで話してた?付き合ってんの?」
「恐れ多いです」
憧れの花園先生に会えた興奮とレモ恋17巻の素晴らしさを咲子に語って聞かせていたはずなのに、なぜか遙について詰められることとなった。
ちょうど教室の真ん中あたり。ドラマが起きやすい窓側や廊下側を避けていたらなぜかこの位置に落ち着く。場所としては中心のはずなのに目立たずに過ごせるのだ。木を隠すなら森の中というやつか。
「デートで散々話したのに帰っても話が尽きなくて電話しちゃうなんて、付き合いたてのラブラブカップルしか許されないよ」
「我々の目的はあくまでも花園先生であり2人で出かけることではないので、デートではございません」
「いやそこは『デ、デートじゃないもん』とかいってヒロイン面しときなよ」
「このフラグ建築士め」
「お前もな?」
「何々、なんの話してるのー?」
クラスメイトの森田佳奈が近づいてくる。佳奈が咲子と同じバレー部なのでよく話す、仲のいいクラスメイトだ。
「他校の男子と一緒に勉強したり、休みの日に出かけたり、夜中に電話する間柄を一般的になんていうと思う?」
「カップル」
「だよねー」
「え?なに、咲子彼氏できたの?」
佳奈のキラキラした視線を手で追い払うような仕草をして、親指で舞を指す。舞に視線を向け直した佳奈は、ハッとしたあとゴクリと喉を鳴らした。
「まさか、試合の時に一緒にいた超イケメンくん?」
「違……」
「えー!うそー!やばー!あんなスーパーイケメン彼氏どうやって捕まえたの!?」
舞の否定の言葉を見事に遮り佳奈は興奮しきりだ。
確かに舞だって友達の彼氏があんなイケメンだったらめちゃくちゃ騒ぐ。声の限り騒ぐ。
ただし、彼氏であれば、だ。
周囲を伺えば『イケメン彼氏』というワードにちらほらとこちらを気にする様子のクラスメイトが数人いる。色恋の噂は高校生の大好物だというのは昔から変わりない。
「ちーがーう!違うから!6月までの期間限定だし!」
半分押さえつけるように佳奈を止める。キャッキャと笑いながら止まってくれた佳奈は、きょとんとした顔で首を傾げた。
「なんで6月?」
「6月にある試験の勉強みてるだけだから」
フラグ建築士3級の試験は年に4回ある。直近の試験である6月分に遙はすでに申し込んでいる。
現在の目標は6月試験での3級合格であり、舞はすでに結構な手応えを得ている。
そもそも試験合格のための師弟関係だったのだから、合格してしまえば会う理由もない。
「でも試験終わったら連絡つかなくなるわけじゃないし。そもそも普通に友達として会えばよくない?」
咲子のもっともな言葉に佳奈も力強く同意する。
そんな2人に、舞が苦い顔を見せる。
「え……。わざわざ?」
舞は全てが平均的だった。特別可愛いわけではないがブスでもない顔、良くも悪くもない頭、平均値を叩き出す運動神経。
そんな自分を悲観することはなく、概ね満足していた。
そしてフラグ建築士という仕事を知った時、これは自分の天職であると直感した。
元から少女漫画好きで大量に読み漁っていたこともあり、フラグを読む力は備わっていた。
そして、重要な展開を導くために存在する、背景とほぼ同化した名もなきキャラたちが好きだった。
3級フラグ建築士は大きな苦労もなく合格し、規模は大きくないが事務所に所属して仕事も貰えるようになった。
初仕事は『アイドルの幼馴染の前でキャーキャー言いながら広告を撮ること』。
緊張して、幼馴染の位置確認もおそろかだった。タイミングは全部先輩に指示してもらった。先輩フラグ建築士と一緒に「かっこいいー!」と声を弾ませながらスマホで写真を撮りまくる。いつの間にか仕事は終わっていた。
そのアイドルが結局どういう物語を辿ったのかは知らないけれど、今でも写真はスマホに残っているし、アイドルは輝く笑顔でステージに立っている。
仕事後、先輩に褒められた。
「舞は仕事後のターゲットまで気にするね。幸せにしたいって気持ちが伝わってくる。いいフラグ建築士になるよ」
高揚した。
心を決めた。
私はこの仕事を一生続けていくのだと。
そして、自分の平凡具合に感謝した。
違和感なく周囲に溶け込むための労力を、ターゲット調査に全振りできる。
ターゲットを幸せにするために、フラグを建て続けよう。
正直に言ってしまえば遙のことは好きだ。そもそもあの天性の主人公の隣にいて一度もときめかない人間はいないだろう。
それだけでなく、フラグ建築士へのまっすぐな情熱や努力は尊敬しているし、時々安心したように笑うあの笑顔を守りたいと思う。
そんなもの、どうしようもなく恋だ。
けれど、舞はフラグ建築士だ。
だから、歩くだけでフラグを乱立させる彼とのフラグは、すぐに埋もれてしまうことを知っている。
『その他大勢』と同じフラグ。
そんな恋、神宮遙に相応しくない。




