第94話 導きのままに
岬ノ村の山から数キロ離れた川を一人の女が流れている。
澄まし顔で浮かぶのは占い師の星原だった。
彼女の服は救命用の浮き輪に引っかかっており、そのおかげで楽に浮かぶことができている。
反響するサイレン音を聞きながら、無抵抗の星原は流されていた。
やがて岸に漂着した星原は川から上がる。
服を絞る彼女はほぼ無傷だった。
吊り橋から落下した際も怪我を負っていない。
川を流れている間に居眠りしていたので体力的にも万全だった。
一連の奇跡も、運命の導きを信じる星原にとっては当然の結果であった。
星原は喉の乾きと空腹を覚える。
彼女はそばに打ち上げられたバッグを発見した。
中を見ると未開封のミネラルウォーターとフルーツの缶詰が入っていた。
星原はそれらを飲み食いしながら歩き始める。
川から道路沿いに歩いていくと、あちこちにひっくり返ったパトカーがあった。
轢き潰された警官の死体も転がっており、無数の赤いタイヤ痕がアスファルトに刻まれている。
爆散した肉片も撒き散らされて周辺一帯が地獄絵図となっていた。
さらに星原が進むと、前方が騒然としてくる。
ガードレールを薙ぎ倒す形で殺戮装甲車"方舟"が横転していた。
車両全体が爆発炎上し、何台ものパトカーと警官に包囲されている。
運転席と後部のコンテナが開き、中から燃える人間が現れた。
体格や服装から男女であるのが分かった。
二人はよろめきながら抱き合う。
そこに焦った数人の警官が叫びながら銃弾を浴びせた。
撃たれた二人は崩れ落ちて動かなくなる。
炎は死体を容赦なく燃やしていく。
星原は知る由もないが、リクとナオはここまで壮絶なカーチェイスを繰り広げてきた。
方舟の怪物じみた性能により、彼らは道中で凄まじい被害を起こしている。
狙撃で致命傷を受けていた彼らは暴走し、結果として岬ノ村の人間よりも多くの死傷者を出していた。
県警は死物狂いで止めにかかり、ようやく殺戮を終わらせたのだった。
星原が二人の焼死体を傍観していると、地平線が明るくなった。
夜明けの光が惨劇をありありと照らし上げていく。
警官達は深刻な顔で事後処理に当たっている。
耐え切れず嘔吐し、泣く者もいた。
駆け付けた救急車はどこから手を付ければいいのか分からず呆然としている。
眩しそうに目を細める星原は、近くのパトカーの窓をノックして「最寄り駅まで乗せてください」と伝えた。




