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岬ノ村の因習  作者: 結城 からく


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第85話 救いの手

 銃声や爆発音が頭の中で反響し、有栖川はむくりと起き上がった。

 彼女の意識は朦朧としており、身体は鉛が詰まったように重い。

 ただ立っていることも困難でそのまま転倒してしまった。


「……っ」


 有栖川は声を出そうとするも、喉から血が漏れただけだった。

 数え切れないほどの負傷によって彼女の肉体はとっく限界を超えている。

 そこに村長から駄目押しを加えられたことで、ついに満足に動くこともできなくなったのだ。

 今までは狂気で誤魔化していたが、気絶を挟んだことで多少ながらも我に返ったのが仇となった。

 蓄積された途方もない苦痛が容赦なく有栖川を襲っている。


 その後、何度か失敗しながらも立ち上がった有栖川は、道から外れてふらふらと歩き出した。

 地形の起伏に転びつつも少しずつ進む。

 その手には未だ稼働中のチェーンソーが握られていた。

 吐血する有栖川の脳内は、湧き上がる食欲に支配されている。


(野菜……野菜を、食さなければ……)


 彼女が愛してやまない野菜。

 キャベツ、キュウリ、ナス、ピーマン、ニンジン……数々の野菜が脳裏に浮かんでは消える。

 膨らみ続ける欲求がやがて苦痛を上回り、ついには野菜のことしか考えられなくなっていた。


 しばらく夜の森を彷徨った有栖川は、目を見開いて足を止める。

 地面に手付かずの野菜が散乱していた。

 いずれも彼女好みの熟し具合だった。


 そこで有栖川は思考を放棄した。

 彼女はチェーンソーを投げ捨ててペストマスクを引き剥がすと、夢中で野菜を食べ始めた。

 咀嚼するたびに肉体に活力が漲ってくる。

 多幸感が稲妻のように脳髄を刺激した。

 死にかけだった肉体が喝采を上げて蘇っていく。


 有栖川は笑顔になった。

 地獄のような環境から脱したことに安堵し、また野菜を口に運ぶ。

 栄養分の摂取で思考が明瞭となったところで、彼女はあることに気付く。


 野菜を掴んでいたはずの手は血みどろの生肉を持っていた。

 地面にはバラバラになった人間の死体が転がっている。

 有栖川は口内に広がる血と肉の味を自覚した。

 手が震え、そして発狂する。


「あああっ」


 有栖川はチェーンソーを拾って持ち上げ、回転する刃を自身の顔面に近づけた。

 そのまま躊躇なく接触させる。

 凄まじい振動と共に鮮烈な痛みが突き抜けていく。

 しかし、彼女にとっては些事だった。

 幻覚が原因とは言え、何よりも忌避していた行為に手を染めたこと。

 それが致命的だった。


「ああああああああああああああああああっ」


 ここまで不死身に近い生命力を発揮してきた有栖川は、己の脳を掻き混ぜて自殺した。

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