第81話 迷いを捨てる
村の南端がこれまで以上に騒然とし始める。
列になって村に突入してきたのは警察の集団だった。
先頭を進む者達はヘルメットとプロテクターを身に着けて、透明の大盾を前面に構えている。
もう一方の手には拳銃や警棒が握られていた。
その様子を目撃した佐久間は呟く。
「機動隊か」
武装した警察は威嚇射撃を行う。
メガホンによって拡声された警告が村中に響き渡る。
村の男達は戸惑うも、次の瞬間には警察に向けて銃を乱射した。
そして雄叫びを上げながら肉弾戦を仕掛ける。
もはや何もかも手遅れだが、かと言って大人しく投降するほどの良識を村人達は持っていなかった。
彼らはどうしようもなく愚かで、狂気に染まり、命を以て楽しむ術を知っていた。
どうせならば全力で殺しにかかって活路を開く――村人達が揃って同じ結論に辿り着いたのも当然のことであった。
機動隊が率いる県警と岬ノ村の住人が壮絶な殺し合いを開始する。
銃弾が飛び交う中、彼らは泥沼の白兵戦を演じた。
ある者は人肉を食いながら銃を撃っていた。
またある者は催涙ガスに悶絶しつつ、振り上げた農具で警官を撲殺する。
別の者は自らの腸で警官の首を絞めて絶叫していた。
総合的な戦闘能力は警察が圧倒しているが、岬ノ村は狂気と加虐性で必死に食い付いていく。
県警の武装が拳銃であるのに対し、村人は違法入手した銃火器を使用しているのも大きいだろう。
両者の力は絶妙なバランスで拮抗し、互いに甚大な数の死傷者を出している。
士気だけに限れば、やけになって躊躇がない村人側が有利だった。
壮絶な殺し合いを俯瞰する佐久間は、猟銃を構えたまま悩む。
(警察に加勢すべきか。しかし余計な手出しは危険だ)
佐久間はかつてないほど迷っていた。
長年に渡って数々の修羅場を経験してきた佐久間も、ここまで混沌とした戦場に関わるのは初めてだった。
敵も味方も曖昧な状態で状況だけが天井知らずに悪化していく。
些細な判断ミスが命取りになりかねず、己がいかに無力であるかを思い知らされる。
村人の殲滅は機動隊に任せればいいのか。
暴走する殺戮装甲車は誰が止めるのか。
村の外にいる異常者達を始末すべきではないか。
目的を達成するには何から優先しなくてはならないのか。
浮かび上がる疑問に佐久間は歯ぎしりする。
いずれも明瞭な答えを彼は持たず、推測と直感に任せて行動するしかなかった。
結局、佐久間は余計な思考を遮断し、機械的に村人を狙撃していった。
それが最適な判断だと決め込んだのだ。
狙撃の際は警察が苦戦している者をなるべく選んで排除する。
強力な銃火器を持つ村人から頭部を撃ち抜かれることとなった。
弾の再装填を行う途中、佐久間はふと背後に殺気を覚える。
振り返るとそこには、拳銃を向けてくる羽野がいた。




