第74話 最悪の目覚め
山道の凹凸が軽自動車を絶えず揺らす。
後部座席で横たわっていた佐伯は、ひときわ大きな振動で目を覚ました。
彼女はぼんやりとした様子で上体を起こす。
「んっ、ここは…………」
全身の痛みに佐伯は呻く。
見ればあちこちに痣ができていた。
細かい擦り傷には血が付着している。
その瞬間、彼女は気絶前の記憶を取り戻した。
(そうだ、確か車がぶつかってきて……)
前方から怒鳴り声が聞こえてくる。
一人の男が道の真ん中に立っていた。
男は拳銃を乱射して威嚇している。
「止まれー! おい! 止まれと言っとるだろうがっ!」
軽自動車が加速し、驚く村人を轢き殺した。
車体の下から人体を潰す感触と揺れが伝わってくる。
運転席ではリクとナオがゲラゲラと笑っていた。
二人は涙を流して喜んでいる。
「うひぃ、これで何人目だぁ?」
「百人くらいでしょ!」
「いやいや千人は殺したぜ」
「じゃあ一万人!」
「ふははっ、それは最高だな! じゃあ次の目標は一億人だッァ!」
支離滅裂な会話を目の当たりにした佐伯は絶句する。
そして現状について徐々に認識し始めた。
(あたし、こいつらに撥ねられて気絶したんだ。でも村人を殺して喜んでるし……何者なの?)
考え込む佐伯は隣から視線を感じた。
そこには星原がいた。
彼女は顔が触れそうな距離で佐伯を凝視している。
「目覚めましたか」
「えっ」
佐伯は困惑しながら仰け反る。
星原はまた顔を近付けて挨拶をした。
「おはようございます」
「えっ、あっ……おはよう?」
佐伯はよく分からないまま応じる。
その際、星原の持つスマートフォンの違和感に気づく。
スマートフォンは佐伯の顔を撮る角度で維持されていた。
星原は特に悪びれた様子もなく、澄まし顔でじっと佐伯を見つめている。
さすがに気になった佐伯はスマートフォンを指差して訊く。
「それ、何してるの」
「配信しています。空前絶後の注目を集めていますよ」
「へえ……」
佐伯はスマートフォンの画面を覗き込む。
万単位で増え続ける視聴者数を見た佐伯は、なんとも言えない気持ちで苦笑する。
(村の真実を告発するつもりだったのに、もう必要なさそうね)
特に考えもなく、彼女は視聴者に向けて手を振る。
コメント欄は彼女の美貌を褒め称える言葉で埋め尽くされた。




