第71話 報復の作法
無数の鱗が縫い付けられた生地が床に落ちる。
そこに立つのは満身創痍の隻眼の男だった。
全身各所に血の滲んだ包帯を巻き付け、呆けた顔で虚空を見つめている。
異常に発達した筋肉が独特の迫力を醸し出していた。
村長は男の背中を叩いて言う。
「お主の最高傑作、今代みさかえ様の鈴木君じゃ。忘れたとは言わせんぞ」
「ええ、もちろん。彼を壊したのは私ですから」
伊達は淡々と述べるが、眉間に寄った皺が深くなっていた。
その些細な変化に気付いた村長は、悪意に満ちた笑顔で語る。
「この五年間で鈴木君は逞しくなったのう。お主の洗脳術があったにしろ、まさかこれほど成長するとは思わんかった」
「彼は特に精神が脆く、流されやすい傾向にありましたからね。単純な投薬の効きよりも暗示……プラシーボ効果が顕著でした」
伊達は当時のことを思い出しながら言う。
表情はあまり変わらなかった。
村長は少し残念そうに話を続ける。
「鈴木君が村に来た時のことは憶えておるかね」
「先代のみさかえ様を食い殺した事件ですね」
「うむ。餌にするつもりが、まさか返り討ちにするとは思わんかった。その生存本能を買って新たなみさかえ様に仕立てたわけじゃな」
村長が鈴木の首筋に触れる。
そこには抉れたような古い傷が残っていた。
「鈴木君は先代に首を噛み切られても生き延びた。腹を刺されても片目を潰されても死なんかった。お主の洗脳の賜物じゃな。本当に感謝しとるよ」
鈴木がのっそりと前に進み出る。
狂気に支配された目が伊達を見下ろしていた。
村長は穏やかな笑顔で告げる。
「では自分の作品に殺されるがいい」
伊達は小さく笑った。
ほとんど真顔だが口元だけが曲がっていた。
村長が怪訝そうに尋ねる。
「何がおかしい」
「私が無策でやってきたと思っているのですか?」
伊達が両手を広げ、クロスボウを投げ捨てながら言った。
「私が死ぬのは因果応報です。脅されたとは言え、様々な技能を人間を洗脳して村の発展に寄与してきました。被害者である彼には報復の資格があります」
伊達の目が村長を捉える。
確固たる憎悪と殺意に満ちた視線だった。
「ただし村長――あなたも道連れです」
刹那、部屋の外から「にひっ」と笑い声がした。
村長が反応する前に、窓から真っ赤な火炎が噴き込んできた。




