第70話 罪の直視
伊達は無言でクロスボウを村長に向ける。
引き金には指がかかっており、いつでも矢を放てる状態だった。
それを知りながらも村長は落ち着き払っていた。
穏やかな表情で手招きをする。
「そんな所に立っとらんで入りなさい。茶でも飲むかね」
「結構です」
伊達がゆっくりと室内を歩く。
クロスボウの狙いは常に村長を捉えており、一切の油断もしていない。
村長はソファに座ると、笑顔のまま簡潔に尋ねた。
「満足か」
「何がでしょう」
「村を滅ぼせて満足かと訊いておるのじゃ」
穏やかな笑みを浮かべる村長は今、禍々しい粘質な殺気を纏っていた。
表面上は優しく振る舞っているだけで、薄皮の下では極限の怒りが煮え滾っている。
伊達は一定の距離で立ち止まって会話に応じた。
「村の存続を諦めたのですか。先ほどの会話から考えるに、まだ粘るものかと思いましたが」
「ここまで騒ぎになった以上、警察の目を欺くのは不可能に近い。どうにか誤魔化したいのは山々じゃが、さすがに無理じゃろうな」
「ではなぜ他の者に命令を?」
「大人しく負けてやるほど賢くないからじゃよ」
一瞬、村長が獰猛な目つきになる。
理性はどうにもならない状況を受け止めていた。
本能は村の存続を渇望し、なりふり構わず問題を打破しようとしている。
相反する想いが村長の中で醜く渦巻いていた。
「しかし、お主の計略には驚かされたわい。まさかここまでやれるとは思わんかった」
「私が関与したのはほんの一部です。大半の問題については把握すらしていません」
「ほほう、では村の過失か。それとも全くの偶然ということかのう」
「どちらも原因だと思います」
「なるほど、両方か! それは参ったのう、ははは。そうかそうか」
笑う村長の顔が、だんだんと、悪魔のように歪んでいく。
破裂寸前の怒りが外に飛び出そうと暴れていた。
刹那、伊達はクロスボウの矢を放つ。
反射的に引き金を引いたのか、それとも意図的だったか、彼自身も曖昧だった。
どちらにしても正確な角度で放たれた矢は、村長に向かってまっすぐに飛んでいく。
村長はソファから立ち上がりながら仕込み杖を抜いた。
矢は振り抜かれた刃に弾かれて天井に突き刺さる。
平然と杖を戻した村長は、これまでより優しい笑顔で言った。
「矢を番えるのに何秒かかる。五秒か。十秒か。その間にお主を二十回は殺せるぞ」
「相変わらず凄まじい抜刀術ですね。その才能を別方面に活かせば社会貢献もできたと思いますが」
「よりによってお主がそれを言うか。所詮は暴力に過ぎぬワシより優れた才覚を悪用しとるじゃろうが」
村長は皮肉を込めて指摘する。
伊達は眉を顰めるだけで何も言わなかった。
ため息を吐いた村長は問いかける。
「――暗示と薬物による洗脳術、そして人体改造。この村に来てから何人をいじったか憶えておるか?」
「どうでしょうね。三十人は下らなかったかと」
伊達は冷静に答える。
変わらない表情は彼の本心を隠していた。
村長は嬉しそうに指摘を続ける。
「己の利用価値を示すため、お主は生贄を廃人に変えた。反抗的な者を従順に変えた。過去の記憶を封じられ、その自覚がない者もいる」
村長が部屋の端に目を向ける。
今まで動かなかった"みさかえ様"が立ち上がり、村長の隣まで歩いてきた。
村長は"みさかえ様"の太い腕を叩く。
「過去の因縁……罪は拭い切れぬ。お主は対峙せねばならん」
村長が極彩色の鱗を掴んだ。
掴む指に力を込めると、その部分に皺が寄ってずるずると鱗全体がずれる。
腹部などは人間の肌が見え隠れしていた。
「さあ、罪と向き合うがよい」
村長が掴んだ鱗を一気に引っ張った。




