第64話 二択の絶望
有栖川がチェーンソーを振り回す。
そのたびに村人の手足や首が宙を舞った。
血飛沫と臓腑が夜の森を赤黒く染め上げていく。
「人肉を食べるのは野蛮っ! 滅ぼすべきですわぁ!」
有栖川は理性を飛ばして暴走していた。
満身創痍とは思えないスピードで動き、縦横無尽に村人を殺しまくる。
反撃の弾丸が彼女の身体を穿つも、チェーンソーが鳴り止むことはなかった。
それどころか、負傷するほど暴力性が高まる始末だった。
「かけがえのない命を大事にしなさいっ!」
仲間が次々と餌食となり、村人はパニックに陥っていた。
彼らが警戒していたのは狙撃犯であり、チェーンソーを叩き付けてくる殺人鬼ではないのだ。
予想外の殺戮によって正常な判断力を失っていた。
絶望した者からその場を逃げ出すも、背中や後頭部に銃撃を受けて即死する。
木陰に潜む安藤が短機関銃を構えて村人を狙っていた。
彼は有栖川の攻撃範囲にいない者から的確に排除している。
二人のコンビネーションにより、村人達はますます追い詰められることとなった。
部隊を率いる羽野は、死体に紛れて横たわっていた。
頭上をチェーンソーと銃弾が飛び交う中、彼は指一本動かさずに耐えている。
(ふざけんなよ……こいつは一体どういうことだ)
羽野は込み上げる怒りをどうにか抑える。
部隊はもはや指示が通るような状況ではなく、村における彼の権力など無意味だった。
村人達は我が身を第一に考えて行動し、そしてあえなく死んでいく。
有栖川に立ち向かえばチェーンソーで切り刻まれ、役目を放棄して逃げ出せば安藤に撃ち殺される。
希望のない二択が部隊を崩壊に導き、羽野自身にも降りかかろうとしていた。
一分ほど考えた末、羽野はいきなり立ち上がった。
有栖川が他の人間を殺しているのを見て、即座に反対方向へ駆け出す。
「こりゃ駄目だな。仕切り直すか」
羽野は躊躇なく逃亡を開始した。
安藤が短機関銃を向けようとするも、その前に弾丸が飛んでくる。
羽野が走りながら拳銃を撃ってきたのだ。
正確な射撃が安藤の隠れる樹木に炸裂し、彼は反撃することができなかった。
「…………」
安藤が顔を出した時、羽野は既に射程外にいた。
森の木々を盾にどんどん距離を稼いでいく。
(後回しでいいか)
獲物を逃がした安藤は、少し残念そうに短機関銃を下ろした。




