第62話 サイコキラー
抱擁を終えた安藤と有栖川は森の中を歩く。
上機嫌の有栖川は決意を表明する。
「この村の食文化を正さねばなりませんわ」
「いいね、大賛成だ。人肉なんて野蛮さ。やめた方がいい」
「あなたとは気が合いそうですわね」
有栖川は嬉しそうに微笑む。
そんな彼女を安藤は冷静に観察していた。
注目するのはその負傷具合だ。
トンネルから始まった大殺戮により、有栖川は無数の傷を受けていた。
全身は己の血と返り血で汚れ切っている。
村人から刺されたと思しき刃物が突き刺さったままになっている。
歩くたびに地面に血痕ができていた。
(とっくに死んでもおかしくない。どうして平然としていられるんだ)
安藤が疑問を抱いたその時、近くの茂みから二人の村人が登場した。
村人達は銃を構えて跳びかかってくる。
「生贄だっ! 殺せえッ!」
「うおおおおおおおぉぉぉっ!」
真っ先に反応したのは有栖川だった。
彼女は銃で撃たれながら突進してチェーンソーを振り回す。
肉体を引き裂かれた村人達は断末魔の叫びを上げて即死した。
戦いを静観していた安藤は分析する。
(圧倒的な身体能力に暴力性……敵対するのは面倒だな。殺そうとしても、相討ちに持ち込まれるかもしれない)
安藤は短機関銃を筆頭に強力な武器を所持している。
しかし、無傷で有栖川に勝てる自信がなかった。
その後も二人は何度か村人と遭遇するも、有栖川の暴力によって蹴散らされる。
有栖川は戦いのたびに負傷したが、やはり動きが損なわれることはなかった。
常に絶好調どころか、より激しく素早い攻撃で村人達を惨殺した。
新たな村人の死体を眺めつつ、安藤は唐突に切り出す。
「少し僕の話を聞いてくれるかな」
「ええ、構いませんわ。ところでトマトを持っていませんか?」
「持ってないかな。ごめんね」
安藤はポケットから煙草の箱を取り出した。
くわえた一本に火を点けて吸い始める。
「僕は昔から嘘つきでね。この山に来てからも二つの嘘をついたんだ」
「そうですか。ちなみにキュウリはありますか?」
「キュウリもないな」
安藤は紫煙を吐き出した。
それから無言になり、思い出したようにまた語る。
「一つ目の嘘は山に来た動機だ。殺人犯を追っていると説明したんだけどね。そんな人間は初めからいないんだ」
「なるほど。ひょっとしてニンジンなら持っていますか?」
「ニンジンもないね」
安藤と有栖川は死体を置いて移動を再開する。
銃声やチェーンソーの音で居場所は知られそうなものだが、不思議と村人は現れなかった。
「二つ目は、現状を警察に連絡したという嘘だ。騒ぎが発覚するのは時間の問題だろうけど、少しでも遅い方が都合が良くてね。ヤクザの彼には悪いことをしたなぁ」
「他人を騙すのは悪いことですわね。ネギもないですか?」
「ネギもないね」
遠くで別の銃声が鳴り響いた。
二人を狙ったものではない。
安藤は臆することなく話を続ける。
「僕が岬ノ村に来たのは個人的な趣味のためなんだ。殺しても問題ない人間がたくさんいるようだからね。誰かに横取りされる前に狩りたかったのさ」




