第53話 変貌する怪物
松田は腰だめに短刀を構え、全速力でぶつかりに行く。
極彩色の巨体は避けようとしなかった。
間もなく両者は真正面から激突する。
短刀が巨体の脇腹に深々と刺さり、真っ赤な血が流れ出した。
巨体が甲高い声を上げる。
そして、身体の側面から二本の腕を生やす。
毛も鱗もなく、筋骨隆々の腕は明らかに人間のそれだった。
予想だにしない反応に松田は驚愕する。
「なっ……！？」
拳を握った腕が松田に叩きつけられる。
松田は咄嗟に防ぐも、凄まじい力に吹っ飛ばされた。
受け身も取れずに地面を転がっていく。
「うぐっ」
松田は崖から落ちそうになり、なんとか踏ん張って耐えた。
そこに間髪入れず極彩色の巨体が迫る。
脇腹には短刀が刺さったままで、痛みをものともせずに突進してくる。
かなりの勢いが付いており、揉み合いになれば崖下へ落下するのは必至だった。
「ふざけんなよ畜生っ！」
道連れを恐れた松田は回り込むように駆け出した。
巨体は両腕で地面を叩くと、急旋回して彼の背中に跳びかかる。
松田は振り向いて対処を試みるも、力任せに押し倒されてしまった。
出鱈目に振り回される二本の腕が松田を殴打する。
一撃ごとに骨が軋むような衝撃が襲った。
拳が頭部に当たって視界が歪み、吐き気も込み上げてくる。
小さく吐血した松田は、目を見開いて吠えた。
「この野郎、どきやがれェッ」
松田が短刀に膝蹴りを見舞う。
刃が体内へと押し込れ、巨体がまた甲高い声を響かせた。
殴打が止まった隙に松田は巨体を押し退けて不利な姿勢から逃れる。
ナイフを構えた松田は、荒い呼吸を繰り返しながらぼやく。
「チッ、化け物が……」
極彩色の巨体がゆらりと立ち上がった。
逞しい左右の腕は、熊の威嚇のように頭上に掲げられている。
全身は小刻みに震えてくぐもった声を洩らしていた。
鱗の隙間から覗く二つの目は、煮詰まった狂気を発散している。
おぞましい風貌の怪物を前にして、松田は死の予感を覚えた。
しかし彼は怯まず、己を何度も鼓舞した。
ナイフを強く握り絞めて、怒りと殺意で恐怖を塗り潰す。
速まる鼓動を聞きながら松田は言う。
「これでも食らえ」
松田はナイフの柄に付いたレバーを握り込む。
次の瞬間、スプリングの力で刃が高速で射出された。
刃は怪物の片目に突き刺さる。
絶叫が夜の山に木霊した。
