第45話 霞む希望
セクシー女優の佐伯は、夜の山を慎重に下っていた。
彼女は全身を土で汚して簡易的なカモフラージュを施している。
月明かりは頭上の木々に遮られており、進路はほとんど暗闇に包まれていた。
懐中電灯を使えばもっと快適に移動できるが、村人と遭遇するリスクが跳ね上がる。
佐伯はとにかく見つからないことを最優先に考えた。
(襲われたらすぐに撃つ……なるべく近くまで引き付けて……装弾数は二発……)
散弾銃を構える佐伯は神経を尖らせる。
些細な音も聞き逃さないように、彼女は極限まで集中していた。
村の医者、伊達から教わった銃の扱い方を脳裏で何度も復習する。
慎重な立ち回りと警戒心が功を奏したのか、佐伯は誰にも会うことなく山の麓付近に到達した。
それでも彼女は油断せず、じっくりと時間をかけて進む。
さらに三十分後、無事に山を下り切った佐伯は沼地に辿り着いた。
寂れた草木が生い茂る沼地は死角が多く、隠れて進むには都合の良い環境だった。
その向こう側をアスファルトの道路が視界を横切るように伸びている。
「やっと出れた……」
背後の山を振り返った佐伯は安堵する。
しかし、すぐに気を引き締め直すと、姿勢を低くして移動を再開した。
少しでも休むと疲労で動けなくなりそうだったので、なるべく足を動かし続ける。
(早く通報しないと。確か地元の警察は頼れないんだっけ)
土地勘がない彼女はここからどう移動するか悩む。
周辺に人家や建物は見当たらず、沼地と道路を跨いだ先には田園地帯が広がっていた。
進むには道路に沿うか、田園地帯を突っ切る必要があった。
どちらにしても村人に見つかる危険性が一気に高まる。
佐伯がその場で迷っていると、遠くに車のヘッドライトが見えた。
彼女は咄嗟にそばの茂みに隠れて目を凝らす。
(拉致から帰ってきた村の奴らかもしれない……)
軽自動車には若い男女が乗っていた。
助手席の女が、運転する男の頬にキスをして抱き着いている。
その様子から村の人間ではないと確信した佐伯は、道路に飛び出して手を振った。
「助けて! 乗せてほしいの!」
軽自動車は佐伯のそばを通り過ぎる。
これが千載一遇のチャンスだと思った佐伯は必死に呼びかけた。
「お願い! 待って! 行かないでっ!」
二十メートルほど進んだところで軽自動車が停止した。
そこで佐伯はおかしな点に気付く。
軽自動車の後部は大きく凹んでいた。
テールランプが割れて不規則に明滅している。
まるで交通事故からそのまま逃げだしたような状態だった。
「何あれ……」
軽自動車がバック走行を始めた。
だんだんと加速して佐伯に迫ってくる。
窓から顔を出した女がニヤニヤと楽しそうに笑っていた。
「え、ちょっと」
佐伯は避けようとするも判断が遅かった。
勢いの付いた軽自動車に追突され、彼女の視界は暗転した。




