第42話 悪逆の炎
火炎放射器を入手した平野は、トンネル内を燃やしながら闊歩する。
ノズルから放たれる炎が、ベニヤ板の壁を舐めるように包み込んでいく。
平野は進路も退路も無差別に燃やした。
その弊害で高熱に炙られ、黒煙に咳き込む羽目になったが、彼は機嫌よく「ラッキー、ラッキー」と歌っている。
現実逃避中の占いが的中したことがよほど嬉しいらしい。
まだトンネル内に残っていた村人達は、平野から一目散に逃げ出していた。
彼の凶行を止めるには状況的にあまりにも手遅れだからだ。
村人達は狭い通路に殺到し、我先にと押し合って出口を目指す。
そこに火炎が押し寄せて彼らを焼き殺した。
燃える死体を踏み付けて、平野は堂々と進み続ける。
途中、平野はミヒロ達と別れた部屋を訪れた。
そこには手足のない女の死体が大量に横たわっている。
全員が首を切り裂かれて死んでいた。
平野は特に何も反応せず、流行りの曲を口ずさみながらすべて燃やした。
トンネル内のどこかで爆発音が轟いた。
天井に亀裂が走り、ぱらぱらと破片が落ちてくる。
それでも平野は急がない。
マイペースに炎を撒き散らし、逃げ惑う村人を焼死体に変えていった。
じっくりと時間をかけた末、平野は瓦礫を避けてトンネルを出る。
ほぼ同時にトンネルが崩落を開始した。
轟音と共に土煙が舞い上がり、降り注ぐ瓦礫で入り口が完全に塞がる。
平野は周囲を見回す。
辺りは日没を迎え、一帯が夜闇に包まれている。
唯一、トンネルの周辺だけが炎で照らし上げられていた。
遠くで銃声が鳴り響く。
そこには人間の悲鳴や怒声、笑い声も混ざっていた。
平野は知る由もないが、山の各所では殺し合いが勃発している。
有栖川や平野の暴走はその一部に過ぎない。
岬ノ村の儀式を発端に、山では混沌と殺戮の渦が巻き起こっていた。
火炎放射器を担ぎ直した平野は、村に続く道を辿ろうと踏み出す。
その瞬間、彼は猛烈な脱力感と目まいを感じた。
視界がぐにゃりと歪み、立っていられずに倒れる。
「に、ひ……っ」
平野は不思議そうに地面を掻くも、身体が自由に動かない。
ほどなくして彼は力尽きて気絶した。
これまでの負傷とトンネル内で吸い続けた一酸化炭素により、彼の肉体はとっくに限界を超えていたのであった。
その直後、近くの茂みが揺れる。
茂みから現れた人影は平野に歩み寄って止まる。
冷淡な眼差しは、平野をじっと見下ろしていた。




