第34話 苦痛と笑顔
男子生徒から変貌した堤田は、平野の頬をビンタする。
ビンタは何度も往復し、そのたびに乾いた音を鳴らした。
しかし、平野はほとんど反応しない。
これまでに受けた苦痛が強烈すぎるあまり、些細な刺激では反応しないようになっていた。
大きくため息を吐いた堤田は、平野の肩を
「平野、もう気付いてんだろ? さっさと認めろよ」
「何、が……」
「ったく、ボケるのも大概にしてくれ。いちいち説明してやんねえと理解できねえのか?」
堤田の手にはコードレスタイプのはんだごてが握られていた。
その先端を平野に近付けていく。
「安心しろ。寝坊助を叩き起こすのは得意なんだ」
はんだごてが平野の脇腹に押し付けられた。
平野は絶叫してもがき、口からは泡がこぼれ出す。
高熱による痛みはビンタの何百倍も酷かった。
必死に離れようとしても、堤田が押さえ付けているので叶わない。
肉の焦げる臭いに平野はまた嘔吐する。
数分後、はんだごてを手放した堤田は彫刻刀に持ち替える。
両手に一本ずつ握り、ゆらゆらと揺らして笑う。
優しく穏やかに見える表情だが、目だけが濃密な悪意を主張していた。
堤田は彫刻刀で平野の頬をぺちぺちと叩く。
「おーい、ひーらーのー、おーきーろー」
「や、やめて」
「命乞いすんなよ。俺が悪者みたいになるだろうが」
堤田が彫刻刀を一閃させる。
平野の額に赤い横線が浮かび、そこからどっと血が溢れ出した。
溢れる血が瞬く間に顔を染めていく。
(思ったよりマシだなぁ……)
平野はぼんやりした表情で感想を抱く。
飽和した苦痛により、もはや多少の変化では反応も薄かった。
直前がはんだごてだったのも大きいだろう。
望んでいた悲鳴が聞けなかったことで、堤田は露骨に不機嫌になる。
彼は彫刻刀を逆手に持つと、目をぎらつかせて言った。
「男前にしてやるよ」
堤田が平野を連続で切りつけた。
無数の切り傷と刺し傷が平野の顔に刻まれていく。
致命傷とならないように加減されており、小さな痛みがひたすらに増えた。
顔に飽きれば胴体や手足が彫刻刀で削られる。
額が裂けても動じなかった平野も、これにはひどく泣き喚いた。
新鮮な反応は堤田を喜ばせてしまい、ますます加虐欲を煽る結果となる。
「それそーれ、どうだー、たのしいかー?」
「はっ、ははは……へへ、あー……ふ、ふひ……っ」
平野は笑うしかなかった。
汗と涙と血で汚れ切った顔で情けなく笑い続ける。
込み上げてくる感情が何なのか彼自身もよく分かっていなかった。
正常な感覚が破綻し、頭の中が痛みで埋め尽くされている。
その後も堤田は道具を変えながら執拗に苦痛を与えた。
平野が失血死しないように細心の注意を払いつつ、最大限の絶望で壊しにかかった。
傷だらけの平野は未だ学校にいた。
いつの間にか椅子に縛られているが、彼にとっては些細なことである。
平野は時間感覚を失い、状況の認識もまともにできておらず、己の寄り添う死の気配だけを感じ取っていた。
彼の心に恐怖はない。
ただ早く楽になりたいという望みだけがあった。
ぐったりと座る平野を見て、堤田は息を吐く。
その目に宿った悪意が霧散し、失望と諦めが膨らみかけていた。
「どうやっても戻る気はないわけか。分かった分かった、もうそれでいい」
堤田がマイナスドライバーを握って平野の顔に近付ける。
先端が眼球に触れても平野は動じず、瞬きすらしなかった。
堤田は蔑みを込めて告げる。
「平野。お前はつまらんから殺す。俺は別の生贄を壊して遊ぶとするよ」
「じゃあ次はあたしと遊ぼー」
背後から声が聞こえたと同時に、堤田は背中に鋭い痛みを覚える。
振り向くとそこにはピエロメイクの笑顔があった。
「お、お前は……ッ!?」
「ねえねえ、びっくりしたー? 心臓飛び出そうー?」
ミヒロは堤田の背中に刺したナイフをぐりぐりと動かした。
傷口を抉られる激痛に堤田は大声を上げる。
その反応にミヒロは「にひっ」と笑った。




