第25話 人間狩りの罠
夕闇に染まった森。
獣道すら存在しない斜面を、地上げ屋の松田が全力で駆け下りていく。
細かな枝をへし折り、地面の窪みに躓きつつも突き進む。
彼はほとんど減速せず、滑り落ちるように走り続ける。
後方には三人の村人がいた。
村人達は銃や刃物を掲げ、しきりに怒鳴りながら松田を追跡している。
「待てやコラ!」
「安心せい! 楽に殺しちゃるから!」
「生贄! 新鮮な肉っ!」
松田はひたすら前方に集中して走る。
振り向く余裕などなかった。
村人の声から距離を予測し、背中を撃たれないように注意する。
徐々に迫る日没とあちこちに生える樹木が銃撃の妨げとなっていた。
斜面を下りる途中、松田は樹木に貼られた赤いテープに気付く。
刹那、彼は目を見開き、大きく悪態をつきながら跳んだ。
「くそったれがぁっ!」
陸上選手のような跳躍を見せた松田は着地に失敗し、そのまま斜面を派手に転がり落ちていく。
獲物の転倒を目にした村人達は喜び、彼を逃がさないように急いで走る。
この時点で自らの勝利を信じて疑わなかった。
テープの貼られた樹木を通り過ぎる瞬間、村人達は突き飛ばされるような抵抗感を覚えた。
そして三人同時にひっくり返って倒れる。
拳銃を持っていた男は後頭部を強打して叫ぶ。
「うごぁっ」
猛烈な痛みを感じるのは後頭部だけではなかった。
いつの間にかシャツの袖やズボンに裂け目ができており、奥の皮膚まで切れて出血している。
じわじわと赤い染みが衣服に広がっていく。
隣では仲間の村人が悶え苦しんでいた。
「うおおおおおおお! いてえええええっ」
苦しむ村人の指が何本か欠損していた。
失われた指の断面から血が噴き出している。
衣服も同様に裂けているが、指が明らかに重傷だった。
手を押さえる男は子供のように泣きじゃくっている。
さらに隣ではもう一人の村人が仰向けに寝転がっていた。
顔面蒼白の村人は口をぱくぱくと開け閉めしている。
首筋には大きな裂傷ができており、そこから夥しい量の血が流れ出している。
明らかな致命傷だ。
もはや動く力も残っていないらしく、その村人はぼんやりと夕空を眺めていた。
二人に比べて軽傷だった男は大いに混乱し、周囲を見回して怒鳴る。
「ぐっ、罠かぁ!?」
間もなく男は気付く。
進路上の空中に、幾本もの赤い線が横に伸びて浮かんでいる。
それは人間の顔くらいの高さまで等間隔に並んで血を滴らせていた。
ちょうど三人が転倒した場所だった。
よく見ると赤い線は二本の樹木の間に張り巡らされている。
二本の樹木には赤いテープが貼られている。
呆然とする男は恐る恐る顔を近付けた。
「な、なんじゃこれは……」
「ワイヤートラップだよ」
木陰から声がした。
音もなく姿を現したのは、短機関銃を構える安藤だった。
安藤は素早く発砲する。
銃撃は指を切断された村人と首が裂けた男に命中し、二人を一瞬で蜂の巣にした。
死体となった村人を脇に、軽傷の男だけが無事だった。
運が良かったのではない。
安藤の冷徹な眼差しは、わざと狙いを外したことを暗に示している。
「聞きたいことがあるんだ。教えてくれるかな」
短機関銃の照準が男に定まる。
失禁した男は半泣きで頷くことしかできなかった。




