第23話 血みどろの令嬢
有栖川が解体部屋まで戻ってきた時、その場にいた村人達は息を呑んだ。
その禍々しい風貌に気圧されたのだ。
全身が血みどろの有栖川は、蕩けそうな満面の笑みを浮かべていた。
ただし、目だけが極大の怒りを宿している。
暗闇でもはっきりと分かるほどに壮絶な表情だった。
彼女の手には刃の欠けた手斧と肉切り包丁が握られていた。
残虐な光景に慣れているはずの村人達は、有栖川を前に動きを止める。
彼女の纏う狂気に本能的な恐怖を抱いてしまったのだ。
己の死を反射的に連想して後ずさってしまう。
儀式を台無しにされたことへの怒りなど忘れ去っていた。
解体部屋に奇妙な静寂が訪れる。
それを破ったのはやはり有栖川だった。
金切り声を上げる彼女は、猛然と突進を仕掛ける。
村人達は我に返り、恐怖を打ち消すために動き出した。
「囲んで殺せ! 相手はたった一人だ!」
「犯さんでええのか!?」
「馬鹿が! そんな余裕ねえだろうがッ!」
村人達は怒鳴り合って士気を上げつつ、有栖川を殺しにかかる。
彼らの連携にも怯まず、有栖川は躊躇なく肉切り包丁を投擲した。
高速回転する肉切り包丁が村人の顔面を割って脳に食い込む。
有栖川は倒れる死体の手から「く」の字に湾曲した刃物――ククリナイフを奪い取り、そのまま残る村人に襲いかかった。
高笑いする有栖川は、手斧とククリナイフをひたすら振り回す。
圧倒的な殺意を込めた動きは軌道上の存在を叩き斬る。
村人の指や手足、生首が絶え間なく宙を舞った。
胴体を切り裂かれた者は、こぼれた内臓を抱えて倒れる。
辛うじて保たれた士気や戦意が挫かれていく。
それでも有栖川は攻撃の手を緩めず、ただ全力で刃物を振るい続けた。
甚大な犠牲を出しながらも、村人達は懸命に反撃を試みる。
有栖川の立ち回りは攻撃に特化しており、防御面はまるで隙だらけだった。
村人達は仲間を盾にしてどうにか彼女の殺害を狙う。
ナイフで有栖川の腕を切りつける。
ハサミが腹に、包丁が右肩に突き刺さった。
日本刀が太腿を貫いて抉る。
鎌がドレスを引き裂き、背中の肉を削ぎ落とす。
どれだけ傷を負っても有栖川は決して止まらない。
彼女は血を流し、血を浴びながら暴れ狂う。
そうしてついには室内の村人を殺し尽くし、立っているのは有栖川だけとなった。
辺りにはバラバラに解体された死体が転がっている。
人肉を吊るすためのフックには、捌かれた村人の死体がぶら下がっていた。
新たな村人がやってくることもない。
有栖川の脅威を痛感し、関わるべきではないと判断したのだった。
満身創痍の有栖川は武器を持っていなかった。
戦いの中で手斧とククリナイフが折れたせいだ。
彼女は床に転がるとある武器に注目する。
それは血だらけのチェーンソーだった。
村人が解体に使っており、戦闘にも用いた武器である。
有栖川がスターターロープを引くと、唸りを上げて刃が回転し始めた。
続けて彼女は道具類が置かれた棚を漁る。
手に取ったのは革製の仮面だ。
鳥の嘴のような形状で、両目のレンズ部分が破損している。
ペストマスクをと呼ばれるそれを有栖川は装着した。
固定用のベルトを着けて素顔を覆い隠す。
「野蛮な食文化を滅し、野菜の素晴らしさを広めなければ……」
解体部屋を出た有栖川はチェーンソーを吹かして歩く。
殺戮を経て理性が幾分か戻っているものの、瞳から発散される狂気に衰えはなかった。
たまに遭遇する村人を斬殺しながら、有栖川はトンネルの入り口を目指す。
ほどなくして彼女は入り口に到着した。
瓦礫の通路を潜り抜けて道を辿って進む。
向かう先は岬ノ村だった。




