第18話 絶望の楽しみ方
地下に閉じ込められた役者、平野は深い絶望に苛まれていた。
彼は頭を抱えて泣いている。
「どうして……どうして僕がこんな目に……」
平野はひたすら弱音を吐く。
声は震えてうわずり、隠し切れない不安と焦りが滲み出していた。
地面を殴る拳は皮がめくれて出血している。
「だっておかしいじゃないか。犯罪、犯罪だ。警察に連絡しないと……でもスマホは没収されたし……ああっ、くそ!」
苛立つ平野が頭を掻きむしる。
髪がぶちぶちと千切れるが気にしていない。
何度も叫んでは啜り泣き、また地面を叩く。
そんな平野の背中に手を置く者がいた。
占い師の星原は、澄まし顔で告げる。
「破滅の相が濃くなりました。自己の保全に努めなければ未来が」
「うるさいなあ! 放っておいてくれよっ!」
目を腫らした平野は星原を振り払う。
星原はきょとんとした顔で「失礼しました」と言って引き下がる。
怒鳴られたことにも動揺せず、彼女は占いを再開した。
二人のやり取りを見ていたドレス姿の有栖川は「イライラは野菜で解決ですわ」と呟いて玉ねぎを生で齧る。
彼女の持つバッグには野菜しか入っておらず、特に害もないので没収されていなかった。
しばらくすると平野が唐突に立ち上がった。
彼は名案とばかりに力強く主張する。
「そうだ、これはきっと夢だ。そうじゃないとおかしい! 僕は居眠りしてて目覚めたらベッドで遅刻しそうだから慌てながら仕事に行くことに」
必死に喚く平野の口が塞がれる。
そっと手を当てるのはピエロメイクのミヒロだった。
呻き声で抗議する平野に対し、ミヒロは邪悪な笑みで応じる。
「ねえ、なんでそんなにビビってんの? ひょっとして漏らしちゃった? にひひっ」
「ば、馬鹿にしてるんですか。これはすべて幻なんですよ! すぐに覚めるので一人にさせてくださいっ!」
口を塞ぐ手を払いのけた平野は、耳を押さえてうずくまる。
それきり何も言わず動かなくなる。
恐怖を抑えて自分の世界に引きこもろうとしているらしい。
そんな平野の顔を掴んだミヒロは、無理やり目を合わせて叫んだ。
「ブッブー! ぜーんぶ現実でーす! 残念でしたベロベロバー!」
「う、うわああああああああぁぁぁぁっ!」
平野は大泣きして崩れ落ちた。
ミヒロはさぞ愉快そうにケタケタと笑い転げる。
星原と有栖川はまったく反応せず、それぞれの世界に没頭している。
地下空間は渾沌とした様相を醸し出していた。
しばらく泣いていた平野だが、現在はぐったりと横たわっている。
その目は恨めしそうにミヒロを睨んでいた。
やがて平野はミヒロに尋ねる。
「なぜ……僕をおちょくって楽しいですか」
「うん、すっごく楽しい!」
「あなたは、怖くないんですか。僕達はこれから生贄にされるんですよ……?」
平野から問われてもミヒロの薄笑いは消えなかった。
ただ、先ほどまでのような悪意は幾分か薄れていた。
彼女は顎に指を当てて飄々と語る。
「どうだろうねえ。何が起こるか分からない"これから"のことを心配するより、今を楽しむべきじゃなーい?」
「……その結果、僕をイジってるんですね」
「そうそう! 反応が良いからイタズラしちゃうよねえ、にひっ」
ミヒロはまた面白がって大笑いする。
ピエロの歪んだ笑顔を目の当たりにした平野は「真面目に話さなければよかった」と後悔した。
彼は深々とため息を洩らして座り込む。
ミヒロは木製の格子を足で蹴りながら言う。
「平野クンは真面目過ぎるよねえ。もっと楽しめばいいのにさ」
「この状況のどこが楽しいんですか……」
「楽しいかどうかを決めるのは自分自身だよ。もっとポジティブにならなきゃねえ」
「そんなこと言ったって……」
階段を下りる音が会話を中断する。
現れたのは三人の男だ。
先頭にいるのは平野達を村まで招いた運転手、堤田であった。
堤田は気さくな調子で平野達に話しかける。
「おう、移動の時間だ。大人しくしてろよ」
三人の男は手分けして平野達を連れ出した。
逃走を警戒してか、手には武器を持っている。
捜索に駆り出された村人が慌ただしく行き来する中、彼らは夕日を背に歩いていく。
「……もっと、楽しく……ポジティブに……」
虚空を見つめる平野は、ミヒロの言葉を呪文のように復唱していた。