第16話 医者の男
佐伯はクロスボウを持つ白衣の男を注視する。
視線の意味に気付いた男は、両手を上げて無害をアピールした。
「私は敵ではありません」
「証拠は」
「たった今見せたばかりでしょう」
男が死体を指し示す。
クロスボウの矢は後頭部から額まで貫通している。
射抜かれた村人は目を見開いたまま死んでいた。
(助けてくれた……のよね?)
佐伯は訝しげに白衣の男を見る。
表情が乏しいせいで内面は読めそうになかった。
疑う佐伯をよそに、白衣の男は周囲を見回しながら歩き出す。
「いずれ追っ手が来ます。ついてきてください」
「……信用していいの?」
「どうでしょうね。ただ、このままだと奴らに捕まりますよ。外に繋がるルートも先回りされていますから」
その間にも白衣の男はどんどん歩いていく。
迷った末、佐伯は後を追うことにした。
ひん曲がっていたネイルハンマーは拾わず、代わりに散弾銃と剣鉈を回収する。
ついでに死体から二十発分の予備弾を盗んで出発した。
そこから一時間ほどの移動を経て、二人は茂みに覆い隠された小さな廃屋に到着する。
白衣の男は扉を開けて佐伯を招く。
「私の隠れ家です。ここなら村の人間にも見つかりません」
「……罠じゃないでしょうね」
「それならあなたは一巻の終わりですね」
白衣の男は平然と言う。
嫌味や皮肉は込められておらず、佐伯は困惑しつつも室内へ入った。
廃屋の中はそれなりに整理されており、辛うじて使えそうな机と椅子が置かれてある。
割れた棚には書物や武器、食料などが分類されて詰め込まれていた。
そこから白衣の男は菓子パンとチョコレート、ペットボトルの水を取り出して佐伯に渡す。
「どれも未開封です。毒は入っていません」
「それは安心ね」
佐伯は水を一気飲みして菓子パンを頬張る。
極限状態におけるストレスや不快感はあれど、それ以上に疲労と空腹が大きかったのだ。
全身が泥と血で汚れているが気にしない。
常識的な感性が麻痺しつつあることを佐伯は自覚していた。
佐伯が飲食の手を止めたところで白衣の男が切り出す。
「あまり時間がないので手短にいきましょう。なるべく勘付かれる前に動きたいので」
白衣の男は椅子に腰掛ける。
佐伯は向かい側に座った。
「私の名前は伊達です。村で医者をやっています」
「……佐伯」
佐伯は名乗りながらも警戒する。
村で医者、という部分を看過できなかったのである。
伊達は気にせず話を進めた。
「私は元々、村に拉致されてきた人間でしたが、命乞いをして助かりました。医者としての技能を見込まれたのが大きいですね」
「奴らの仲間になったのにどうして裏切ったの」
「人生を台無しにされた恨みは消えないからです」
伊達は静かに述べる。
冷淡な口ぶりとは裏腹に、その瞳は極限の憤怒と憎悪を宿していた。