第100話 岬ノ村の因習
最終話です。
『あなたも踏み込みすぎれば後悔しますよ。まあ手遅れかもしれませんが』
淡々とした忠告の直後に通話が切れる。
スマートフォンを耳から離した男、三河は怪訝な顔付きになる。
リダイヤルするか迷うも結局やめておいた。
明らかに銃声と思しきものが聞こえてきたからだ。
言及したところで怒りを買うだけだと三河は察していた。
「相変わらず不気味な男だな……」
そうぼやいた三河はメモ帳をポケットに仕舞う。
当事者から聞いた事件の概要はそれなりに有益な内容だった。
意図的に隠されたことはあるだろうが、それでも取材に意味はあったと彼は自負している。
三河はオカルト雑誌の記者だ。
二年前に発生した岬ノ村事件の特集を組むため、彼は独自に取材を行っている。
そして現在は舞台となった山を散策していた。
大規模な火災に見舞われた山は未だ多くの傷跡を晒している。
その中で三河は気になったものを撮影し、特集ページの素材を集めていった。
立ち入り禁止のテープをくぐって遠慮なく奥へと進んでいく。
「ったく、面倒くせえな……」
文句を垂れる三河がいきなり転倒した。
顔を打った彼はますます辛そうな表情になる。
三河はスーツの汚れを見てため息を吐いた。
「うえ、泥だらけ……」
彼は自分が何に躓いたのかを確認して、言葉を失う。
そこにあったのは人間の右手だった。
手首の辺りで切断されたそれが無造作に放置されている。
気配を感じた三河は素早く振り返る。
見上げる位置に歪な巨体が仁王立ちしていた。
全身は極彩色の鱗に包まれ、不均等な箇所から人間の腕が対になって飛び出している。
鼻の曲がりそうな異臭は、あちこちに腐肉を塗りたくっているからだろう。
よく見ると飛び出した腕も腐って変色していた。
手足や首には骨の飾りを着けている。
頭部にあたる突起の隙間からは、ぎらついた四つの目が三河を覗いていた。
突起の裂け目が大きくなり、人間の歯と舌が見え隠れする。
突如として現れた異形を前に三河は大いに混乱する。
彼は軽率な取材が取り返しのつかない事態を招いたことを悟った。
「ちょ、えっ」
巨体から「にひっ」と笑い声が洩れる。
さらに巨体は甲高い咆哮を上げた。
同時に二つの声を発する"みさかえ様"は、逃げようとする三河の頭を鷲掴みにする。
その後、三河は行方不明になった。
警察によって山の捜索が行われるも、彼の痕跡が見つかることはなかった。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
明日から新連載を始めますので、そちらも読んでいただけると嬉しいです。