⑨──Aランクパーティー
※修正いたしました
今日はどのクエストを受けるか。チェニア達四葉はギルドの掲示板に貼り出されているクエストの依頼書を揃って眺めていた。
「どれにしよっか、みんな」
「これはどうだ?かなり報酬良いが」
「あ、こっちのクエストは違約金無しだって」
「この複合クエストなんてどうかな?時間はかかるかもしれないけど」
「そうだねえ」
Sランクパーティーともなると選択の幅が広がる。というより、Aランクの時点で受注出来ないクエストは無いので、四葉は全てのクエストから選り好みする事が出来る。
クエストの報酬や支給品に、対象モンスターなどの内容を踏まえた上でメンバー全員による判断を下し、受注する。そんな時間がチェニアは好きだった。
「あ、このサンドラゴンの討伐なんて良いんじゃない?砂丘だから少し遠いけど報酬は高いし、素材もほとんど貰えるみたい」
「お、いいな、それ」
「しかも支給品も多いから出費も押さえられるね」
「うん。良いね。旨味たっぷりクエストだね。よし、決定ー」
チェニアが依頼書をピッと引き剥がす。
「では、サンドラゴン討伐という事で」
『おおー』
メンバーの同意を確認して、チェニアが受付へと足を向ける。
そんな時だった。
『おおっと。これはこれは。四葉ご一行様じゃねえか』
(げ······)
突如かけられた聞き覚えのある声にチェニアが振り返り、苦い顔をする。
(はあ。やーなのに見つかっちゃったな)
そっとため息を吐くチェニア。ギルドの入り口にふてぶてしい笑みを浮かべる青年が立っていた。
「まーた仲良くクエストか。流石はSランクパーティーご一行様。余裕綽々だな」
黒い髪をツンツンと尖らせ、人相の悪い笑みを浮かべたその青年がズカスガと四葉に近づく。大きく空いた胸元にジャラジャラした鎖が揺れている。
「何か用?モブド?」
すぐ前にまで来たその青年モブドにチェニアが辟易して言うと、モブドは口の端を歪に吊り上げた。
「用がなけりゃ話かけちゃいけねえのか?」
「うん」
「チッ。相変わらずクソ生意気なガキだ」
モブドは鋭い目付きのままチェニアを睨んだ。
「この俺様が何度も誘ってやったのに、蹴った挙げ句たった四人の弱小パーティーとはな」
「弱小?」
「ああ、そうだ」
ニッとモブドが歯を覗かせる。
「どんなに頑張ったって四人ポッキリのパーティーなんざ限界がある。それに比べて俺らAランクパーティー『ナイトレイヴン』は二十人以上のパーティーだ。戦力がちげえよ」
「へー」
「すかした反応しやがって。一々むかつく奴だな。もう一度言ってやるぜ。お前ん所と違って俺らは大戦力パーティーなんだよ」
「でも私達Sランクだし」
「ぐっ······!」
モブドが口をつぐむ。
「まあ、モブドも頑張ってよ。私は私のパーティーで私達のペースでやるし」
「こいつらとか?」
そう言ってモブドは他の三人を睨んでいった。
「こんなパッとしない奴らでこれからもやってくのかよ」
「Sランクですので」
「一々自慢してんじゃねえ!むかつく!」
そう叫んでからモブドは、トミー、アイ、コリンの三人を睨んでいった。
「てめえらも、せいぜい頑張るこったな。ハリボテが壊れねえようによ。てめえらみたいなのがSランクなんて何かの間違いなんだからよぉ」
そう凄んで挑発するモブドに、トミー、アイ、コリンら三人はそれぞれ軽い一瞥を送った。
「ま、見てりゃ分かるさ」
「間違いかどうか、ね」
「ご忠告ありがとう」
「チッ。リーダーみたく全員お高くとまりやがって」
モブドはそこで黙って踵を返し、チェニアに振り向いて言った。
「チェニア」
「なに?」
「俺は諦めてねえぜ。お前を俺のパーティーに入れるって事をな」
「·········告白?」
「ちげえよ!ただのスカウトだろうが!」
「照れなくていいのに」
「照れてねえよ!」
「冗談だよ。怒んないでー」
「てめえ、舐めてんのか?」
「Sランクですから」
「むかつく!」
モブドが吠える。
「見てやがれ。お前の方から頭下げて俺の所に来たくなるようにしてやる!」
『あら?烏合の衆の場所にチェニアが?』
「!」
と、またもやギルドの入り口の方から何者かの声がして、その主がチェニアらの方に近づいてきた。
(うわぁ、立て続けに······)
「ずいぶん威勢良く鳴くわね。でも、カラスの声なんて煩わしいだけだわ」
「······よお、女狐。今日は取り巻きの子犬どもが居ねえようだが?」
「狼は一人でも強いのよ?カラスとは違うわ」
そう言ってサディスティックに笑う女。
グラマラスなプロポーション、金色の髪を長くたなびかせ、妖艶な美しさを持った美人であったが、その表情には他人を小バカにするような雰囲気がある。
「チェニアが加入するのはカラスの群れじゃないわ。あたし達Aランクパーティー『グレイハウンド』に、よ」
「へっ、数が多いだけの野良犬集団にか?笑えるぜ」
(さっき数がどーのこーの言ってたじゃん)
「······ホント失礼な男」
女はモブドを睨んでいたが、そのままチラリとチェニアに流し目を送った。
「ご機嫌よう、チェニア。あら、今日も精が出るわね」
「うん。ワキーナもクエスト?」
「ええ、報告するところよ」
そう答えてからAランクパーティー『グレイハウンド』のリーダー、ワキーナはニヤリと笑った。
「チェニア、貴女はこれから?」
「うん。そうだけど」
「あら、おかしいわね。貴女のパーティーはどこに?」
そう言ってワキーナはわざとらしくキョロキョロと辺りを見回した。
「どこにもSランクパーティーなんて見えないけど?」
「目にはブルーベリーが良いらしいよ」
「視力の話じゃないわよっ······コホン」
ワキーナがスッと目を細める。
「貴女、相変わらず四人の弱小パーティーでやってるの?」
「んー。Sランクだし」
「ピキッ」
額をひくつかせてワキーナが笑顔を作る。
「ねえ、チェニア」
「なに?」
「貴女程の実力があるなら、もっとその力を活かせる場所が他にあるんじゃないかしら?ほら、例えば、総勢40人以上の大パーティーとか。入りたくならない?」
「食事当番大変そうだからやだなー」
「ピキッ」
ピクピクと頬を痙攣させつつもワキーナが笑顔を保つ。
「貴女をこのまま遊ばせるのは勿体無さすぎるわ。どう、チェニア。あたしのパーティーに入らない?厚遇するわよ?」
「遠慮しとくね」
「前もそう言ったわよねぇ、どうしてかしらねぇ、あたしが、このあたしがっ、こんなに腰を低くして誘ってあげてるっていうのに」
「私、小さいからもっと低くしてもらわないと目線が上なんだよね」
「あ、あらやだわ。そんなちっさいのに余裕なのね?」
「Sランクですから」
「ピキッ!!」
ワキーナがその場で頭をかきむしり絶叫する。
「キイイーッ!この子、本ッ当にっ、腹立つ!なんなの?その態度?!」
「その辺りには女狐に同意するぜ。どうしてそんなクソ生意気なんだか」
「Sランクだから~」
『むかつく!』
Aランクリーダー二人が声をハモらせたところで──
『ふん。ずいぶん騒がしいな』
という尊大な雰囲気の声がギルドの入り口から潜り抜けてきた。
(うっわあ。今日は厄日かな?)
厳つい鎧と、猪の毛皮を纏った巨体の男。顎髭を伸ばし、骨太な骨格の顔の真ん中の瞳は獣のようだった。
「ほう。煩わしいと思ったら、なるほど。カラスとキツネが騒いでいたか」
ガシャリガシャリと音を立てて近づく大男。
それをモブドとワキーナの冷めた目が迎える。
男が二人を見下して鼻を鳴らす。
「ふん。貴様らごときがチェニアの上に立てる訳ないだろう。この小娘が入るのに相応しいのは我がAランクパーティー『ティタノボア』と決まっているのだ」
「はっ。野ブタの群れん中に人間入れてどうすんだ?」
「あんた達みたいな野蛮人の集団にチェニアが居れるわけないでしょ?」
「言ってくれる。まあ、貴様らに用などない。チェニア」
「なに?」
大男がずいっとチェニアに迫る。
「我のパーティーに入れ」
「やだ」
「何故だ」
「嫌だから」
「だから、何故嫌なのだ」
「怒らない?」
「怒らん」
「エキストが汗臭いから」
「ビキッ!」
大男ことエキストが吠える。
「貴様ああああ!我を舐めてるのかああ!」
「Sランクだからね~」
『むっかつく!!』
声を揃えて叫んだ各リーダー達は、一様にため息を吐いて首を振った。
「まあいいさ。お前の方から俺の所に入りたいって言うようになるさ」
「チェニア。早い内に声をかけなさい。今ならまだ色々と目をつむってあげる」
「すぐに来れば今日の事は水に流す」
リーダー達は苦い顔をぶら下げて、そのままギルドから出ていった。
「············」
(いや!何しに来たんだあんたらっ)
「はあ、やれやれ。何度断ったら諦めるんだか」
疲れたように肩を落としてチェニアがトミー達に振り返る。
「ねえ、みんな?」
『············』
「あ、あれ?みんなー?」
三人は顔面蒼白でガタガタと震えていた。
「······」
チェニアは何時ものごとくサトリの力を使って、固まる三人の声を探った。
(さ、さっきはあんな見栄張ったけど、ど、どうしよう?!)
(じ、実際あたしなんてSランクの実力ないし?!)
(もしかして見破られてる?!というか、僕のせいで弱小呼ばわり?!)
(いやっ、そんなことより!どうしよう?!チェニアすごい人気だ!)
(仕方ないけどっ、みんな勧誘しつこすぎ~!)
(あ~!チェニアが気乗りしないか心配だ~!)
(そうだよなぁ、普通に考えりゃ俺以外は超優秀なんだ。いつどこでヘッドハンティングされたっておかしくないもんな······)
(それでもって、一人、また一人と移籍してって······最後にはあたし一人だけが取り残されて······)
(自分一人じゃ何も出来ないんもんな······きっとどこかで野たれ死ぬんだ······)
「············」
三人はネガティブシンキング全開で沈んでいた。
そんな三人にチェニアが声をかける。
「おーい。みんなー」
『ハッ!?』
三人は同時に我に返り、顔を上げた。
(いかんいかん!何落ち込んでるんだ俺!)
(このままじゃチェニアがどこかに取られちゃう!)
(それは嫌だ!)
(そもそもチェニアにはまだ何も恩返し出来てないんだ!)
(せめてキチンとお礼とかしとかないと!)
(自分の保身よりも先に彼女への恩だ!)
「チェニア!」
「な、なに?」
「クエスト前に腹ごなししないか?俺奢るよ!」
「え?」
「チェニア、何か食べたいスイーツある?あたし作るよ!」
「ええっ?」
「取って置きのカクテルがあるんだ!チェニアにあげるよ!」
「ふえぇ?!」
ずいっと迫る三人。
『チェニア!!』
「······」
ポカンと目を丸くするチェニアであったが、そのうちプッと吹き出した。
(まったく。この人達は······)
「みんなもしかして心配してたの?」
『え?』
「私が別のパーティーに行っちゃうんじゃないかって」
「そ、それは······」
「いや、まあ······」
「なんて言うか······」
「ふふふ」
クスクスとイタズラっぽく笑ってチェニアがからかうように言う。
「みんな私の事そんなに好きなのかな~?」
『大好きです』
「あ、いやぁ······そんな、素直すぎない?」
サトリの目が本心を拾いあげる。
(いや、正直言うとチェニアってめっちゃ可愛いもんな······)
(ああ、こういう妹欲しかったってくらい可愛い······)
(気分はまるでアニメの主人公ってくらいに可愛い仲間だもんな······)
(それに仲間想いで優しいし)
(気遣い上手で良い子だし)
(外見だけじゃない。中身も素敵だ)
「っ?!~~~~っ!」
頬を真っ赤にして、チェニアは顔を背けて一つ咳払いした。
「コホン······みんな、あんまり変な事言わないでよね」
『え?』
チェニアが振り向く。
「どうして私が自分で作ったパーティーを自分から抜け出さないといけないの?」
『あ······』
「私の居場所はここ。この四葉が最高のパーティーなの」
そこまで言って、またほんのりと顔を赤らめたチェニアが誤魔化すようにクエストの依頼書をペラペラと振った。
「そ、それより!ほら、早く行くよ。砂丘は遠いんだから」
その日も四葉一行はあっさりとクエストを達成し、ギルドの冒険者らはため息と歓声を交え、口を揃えてこう言うのであった。
「さすがSランクパーティーだ······」
お疲れ様です。次話に続きます。